3月4日にロシア軍がウクライナ最大の原発であるザポリージャ原発を攻撃し、火災が発生しているというニュースに、世界中が混乱と不安に包まれました。現在、ザポリージャ原発の作業員は、ロシア軍の指揮下に置かれています。なぜ、原発施設が攻撃されるのでしょうか?専門家による分析では、目的は原子炉を破壊することではなく、戦略的に重要なインフラを占拠することで政治的な影響力を増すためだと考えられます。
ウクライナ・ザポリージャ原発の冷却塔  (shutterstock) 

原発施設が標的になる理由

ロシアの対ウクライナ戦争において、原発をはじめとする大型発電所は、軍事的・戦略的な標的です。

もしロシア軍が、3月4日に攻撃・占拠したザポリージャ原発の原子炉を破壊しようと思えば、それも可能だったはずです。しかし、地上軍による攻撃は原子炉の破壊ではなく、ロシア軍の支配下に置くことが目的だったと考えられます。

マサチューセッツ工科大学(MIT)のR・スコット・ケンプ教授(原子力科学)は「ロシアは電力が権力の巨大な道具であることを理解している。ザポリージャ原発の出力を意図的に変化させれば、国全体が安全な水やガスを手に入れることができなくなり、食料を冷蔵するための電力や、軍や政府が通信に必要とする電力を実質的に失うことになる」と説明しています。

ロシア軍が、ザポリージャ原発や、他にも標的になっていると見られるキエフ水力発電所とノヴァ・カホフカ水力発電所などの重要なエネルギーインフラを占拠をめざすことは、ウクライナの電力システムの大部分をロシア軍が支配することを目的だと言えます。

特に、ウクライナ南部の原子力、水力などの発電所を占拠することは、将来、ロシアがこの地域全体を併合するための条件を整えることとも考えられます。しかし、軍事攻撃には大きなリスクが伴います

次の標的になりうる原発は?

もしプーチン大統領が、原発施設を占拠するという危険な行為を繰り返すなら、南ウクライナ原発が次の標的になる可能性があります。ミコライフ州の南ブグ川に位置し、500万人へ電力を供給する戦略的重要性を持つ発電所です。

南ウクライナ原発(shutterstock)

南ウクライナ原発は、ウクライナの電力全体の10%、原子力由来の電気の20%を発電しています。ロシア軍にとっては、ザポリージャ原発と同様に、ウクライナ南部の電力供給をコントロールし、ウクライナ政府への影響力を高めるという点 で、主要な戦略目標となり得ます。

南ウクライナ原発は、数十年前のソ連時代の設計であること、老朽化が進んでいること、福島第一原発事故後の新たな安全基準への対策が不十分であること、原子力規制が緩く、原子炉を停止すべき時に延命を認めたことなどが重なり、ザポリージャ原発と同様、すでに事故のリスクの高い原発です。武力衝突が起きれば、そのリスクは飛躍的に高まります

最悪の事態になった可能性

ザポリージャ原発での武力衝突は、ウクライナのみならず、ロシアを含めてヨーロッパ一帯に破滅的な結果を招いた可能性があります。

ザポリージャ原発の管理会社であるエネルゴアトム(Energoatom) は、2つの砲弾が何百トンもの使用済み核燃料が貯蔵されている乾式使用済み核燃料貯蔵施設区域に直撃したと報告しています。

3月5日、ウクライナ政府は国連事務総長宛の書簡で、こう警告しました。

「ザポリージャ原発の発電ユニットにおける核燃料の冷却は、安全運転手順の要件に従った設計システムにより確保されています。核燃料の冷却システムを失えば、環境への著しい放射性物質の放出につながります。このような災害が起きれば、チェルノブイリ原発や福島第一原発など、これまでに記録されたすべての原発事故を凌ぐ可能性があります。ザポリージャ原発の敷地内にある使用済み核燃料プールの周辺にもロシアの砲弾が落下しました。この施設が打撃によって損傷を受けた場合、大規模な放射能放出につながることが考えられます」

原発の軍事占拠が危険な4つの理由

原子力施設を占拠するという行為そのものが、放射能汚染に大きな影響を与える可能性があります。ウクライナの原発を守り、安全を確保するためには、ロシア軍の即時停戦と撤退が必要です。

1. 核燃料の冷却に必要な電力供給が不安定になる

2011年、福島第一原発は、津波によって冷却設備の電源を失い、3つの原子炉がメルトダウンを起こしました。稼働中の原発では、核燃料を冷却するために、常に電力と水の供給が必要です。

2011年、福島第一原発は、津波により全電源を喪失し、3つの原子炉がメルトダウンを起こした。(2011年3月)

そのため、核燃料プールは、安定した電力網に接続していることが必要不可欠で、原発の安全性を確保するための基本的な要件です。

しかし、戦時中は、それが不安定となります

すでにを3月8日時点で、ウクライナの原子力規制検査局は、ザポリージャ原発から約50km離れたVasylivkaで、6日に起きた激しい戦闘により送電網が損傷し、750kV高圧線が不通のままであることを報告しています。

また、チェルノブイリ原発でも送電網の損傷が報告されており、3月6日時点で、電源は3系統のうち1系統しかなく、緊急用ディーゼル発電では48時間しか電力を供給できない、と報告されています。

2. 大量の使用済み核燃料が保管されている

南ウクライナ原発には、高いエネルギーが残った燃料が、燃料プールに大量に貯蔵されています(注1)。

南ウクライナ原発とザポリージャ原発の使用済み燃料プールのいずれかが冷却不能となり火災が発生した場合、非常に大量の放射能が放出される可能性があり、ウクライナのみならずロシアなどの近隣諸国、さらには天候や風向きによってはヨーロッパの大部分に壊滅的な影響を与える可能性があります。

このような壊滅的な事故が起きた場合、南ウクライナの発電所全体を避難させることになる可能性もあり、他のプールと原子炉でも同様の事故が雪崩式に発生する可能性があります。

3. 原発の作業員の安全が保証されない

原発の安全は作業員の安全にかかっています。ウクライナの原子力規制検査局は、原発施設が軍事占拠下にあることについて、このように警鐘を鳴らしています。

「ザポリージャ原発とエネルホダル(管理会社)の敷地に敵の武装部隊が存在することは、発電所職員のシフト間休息の可能性に悪影響を及ぼし、運転中のエラーの確率を著しく高め、深刻な放射線被害をもたらす可能性があります」

3月8日現在、南ウクライナ原発はウクライナの管理会社の管理下にありますが、作業員たちはチェルノブイリやザポリージャで起きたことを見てきており、自分たちがロシア軍の標的になる可能性が高いことを知っているでしょう。

4. 老朽化する原子炉の安全性はそもそも低い

ウクライナの原発施設は比較的古く、すべての原子炉は当初想定されていた寿命に近づいているか、超えています。原子炉が古くなるにつれて、技術的なエラーが増えることも知られています。

ウクライナの稼働中の原子力発電所は1980年代に設計され、現代の設計原則を部分的にしか満たしていません。南ウクライナ原発の原子炉1~3号機は、2021年に設計寿命を最大8年超過しましたが、ウクライナの規制当局は、3基すべての原子炉について寿命延長を認めました。 

戦争が浮き彫りにした原発のリスク

原発は、ただでさえ危険を伴う発電方法です。

しかし、武力衝突はもちろん、避けられない大地震や津波、気候変動によって増える集中豪雨や台風にさらされれば、その危険は大幅に増えます。

太陽光発電所や風力発電所なら、テロや軍事攻撃の対象にはならないでしょう。原発のように何千年も管理が必要になるような放射性廃棄物も生み出しません。

そして、原子力のように放射線防護の高度な技術がなくても個人や地域で管理できる自然エネルギーは、安全で民主的なエネルギーです。融通し合うことで安定して電気を供給することもできます。太陽の光や熱、風の力は、誰も独占することはできず、地球上のどこでも平等に、その土地にあった方法で地球からエネルギーを借りることができます。

福島県のコミュニティがクラウドファンディングで設置した太陽光パネル。(2016年1月)

広島・長崎での原爆投下、そして福島第一原発事故を経験した日本こそ、原発をやめて、安全で平和な自然エネルギー100%をめざす意思を、世界に示して欲しい。

平和と安全への願いの声を、一緒に届けていただけませんか?

【署名】原発のない世界を
日本から実現したい

  • 注1)南ウクライナ原発の使用済み核燃料は、原子炉格納容器内のプールに4〜5年間貯蔵され、冷却されます。南ウクライナ原発では毎年、約126体の燃料集合体が補給され、42体が使用済み燃料プールに取り出されます。燃料集合体ひとつの重さは430kgなので、南ウクライナ原発では、毎年重金属換算で18トン(tHM)の使用済み燃料が発生します。2017年現在、南ウクライナの原子炉のプールには、409tHMの使用済み燃料の燃料集合体が946体あります。