原発事故は人権侵害

東京電力福島第一原発では、毎日、1日平均150トン(2021年時点)の汚染水が発生しています。
原子炉の中で溶けた核燃料=デブリを冷やすために注がれ続けている水、建屋に流れてくる地下水や雨水が核燃料に触れて「汚染水」になります。

これを多核種除去設備 (ALPS)を使って放射性物質を分離させた水を、電力会社や政府は「処理水」と呼んでいます。ただし、ALPSで除去できないトリチウムや炭素14は「処理水」の中に残されています。除去することになっているストロンチウム90、ヨウ素129、ルテニウム106、テクネチウム99、プルトニウムなども基準値を超えて残留しています。

2021年4月13日、政府は10年で126万トン(*2022年5月時点で130万トン)溜まった「処理水」を海洋放出する方針を決定しました。

甚大な環境汚染を引き起こすだけでなく、原発事故の被害をうけ、深く傷つき、苦しんでこられた地域の方々、いまも故郷に戻れない、元の生活を取り戻せないでいる方々のお気持ちを蔑ろにする決定でした。

そもそも原発事故は人権侵害です。
事故によって広範囲に降り注いだ放射性物質によって、人々の生活は一変させられました。その上に、意図的にさらなる汚染を引き起こそうとしているのです。

事故の翌年から汚染水問題にとりくんできたグリーンピース にとっても、この活動のこれからを考え直すことになった決定でした。

それから汚染水問題はどうなったのか。

2021年6月26日に福島県いわき市で「これ以上海を汚すな!市民会議」主催の「廃炉・汚染水 説明・意見交換会」が催され、政府側からは経済産業省資源エネルギー庁 原子力発電所事故収束対応室長 奥田修司氏が出席しました。
地元の方々を含めグリーンピースやいくつもの市民団体が出席、オンライン会議サービスのZoomを使って、日本国内だけでなく世界各地の人々が見守る中で、さまざまな意見交換や質疑応答が行われました。

根拠のない「安心安全」

2時間40分に及ぶ議論のなかで、海洋放出に反対する人々、放出の影響を心配する人々の認識と、日本政府のそれの間に、もはや埋めようがないと思えるほど深い溝をまざまざと見た気がする、そんな議論でした。

たとえば、2021年2月13日、福島県沖を震源とする最大震度6強の大きな地震があり、廃炉作業中の福島第一原発の1号機3号機の格納容器の水位が低下しました。原因は地震による格納容器の破損とみられています。

その後、同年2月22日に新知町沖で漁獲したクロソイからは500ベクレルのセシウムが、同4月1日に南相馬沖で漁獲されたクロソイから270ベクレルのセシウムが検出されました。
出席者のひとりは、地震による放射性物質の漏洩がコントロールできていないのではと、因果関係を厳しく追及しました。
しかし、何度訊ねても、奥田氏は地震による格納容器の破損がどこにどれだけあって、どれほどの放射性物質が環境に漏れ出たのか「一部以外は把握できていない」と繰り返すだけ。問題のクロソイがどこからきたのか特定できないから、もともと原発港湾内に住んでいたのであればそれぐらいの汚染は考えられるが、あくまで特殊な例で、すべての水産物がそれほど汚染されているわけではないと主張しました。

誰が聞いても根拠のない仮説を主張されては、意義のある「意見交換」になりません…。

東京電力福島第一原発。2018年撮影。

それでいて「海洋放出によって日本人がその放射性物質から受ける影響は、自然界のそれの10万分の1以下」と説明されたところで、「そうか、そうなんだ。じゃあ安心だね。安全だね」と納得できる人がいるでしょうか。

理解も合意もない「合意形成」

これまで、政府と東電は汚染水に関して「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」と住民に説明していました*1
原発事故の被害をうけている住民にとって、今回の決定はその「約束」を反故にされたことになります。
この指摘に奥田氏は、約束を反故にしたつもりはない、決定したからといって今日明日放出が始まるわけではない。理解を得る活動をこれからも続けていく、と回答し続けました。

廃炉は国民的課題であり、その基本原則は安心安全で、国民の理解を得るには全国各地で住民説明会をするべき、という意見も聞かれました。
でもその実績も計画もいまはありません。
それでどうやって「理解を得ていく」というのでしょうか。

4月12日に汚染水の海洋放出反対の署名を提出したグリーンピースと市民団体の皆さん

2020年の福島県内の市町村議会でも、59市町村のうち42自治体が海洋放出に反対または慎重にという意見書を出しているほか、2021年の6月議会の時点ですでに20議会が決定の撤回を求める意見書を可決、もしくは可決済みの意見書を堅持しています。*2
奥田氏は「反対している人がたくさんおられることはもちろん承知している」としつつ、汚染水の処分をしないと廃炉作業が進まない、復興のために廃炉作業は止められないと主張しました。

その一方で、福島第一原発から汚染水を放出すること、時期は2年後とする政府の決定(廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚会議議事録*3)がどこで誰にどうやって決められたのか、海洋放出の決定案を作成した事務局の議事録はないというのです。
それ以前に作成された2020年2月のALPS小委員会報告書*4には放出場所も時期も書かれていません。
以来、政府の発表まで1年余りのタイムラグがあります。

その間に、汚染水の保管用地の確保や施設設置や移送搬出に相応の時間がかかるというなら、すぐにでも着手すればいい。この1年に、実際にどこで誰とどんな交渉をし調整をしたのか、具体的に教えてほしいと問われた奥田氏は「(陸上)保管をするための交渉はしていません」と明言しました。

それはすなわち、政府は最初から海洋放出ありきでここまでの手続きを踏んで来ただけ、といっているのと同じに、私には聞こえました。

最終形が決まっていない「廃炉」のための海洋放出

政府は、廃炉のためにデブリを建屋内から取り出すことにしています。
そのための遠隔操作装置のメンテナンスや補修や訓練に使用する施設、取り出したデブリを保管する施設が原発敷地内に必要で、いまある汚染水タンクを撤去してスペースをつくらなくてはならない、だから海洋放出を決めたといいます。
取り出したデブリは数百年にわたって安定的に管理するとしていますが、具体的な方法は決められていません。

じゃあ「廃炉」って結局どういうこと?本当に取り出しは可能なのか?と訊かれた奥田氏は「可能だと思ってます」と回答しました。
でも、「デブリは880トンあるんです。そんなの何年かかるんですか。誰がやるんですか。
『皆さんの理解と合意を得る』っていうけど、理解といっても押しつけではないか。2年かけて理解させるってどういうことですか。押しつけていくってことでしょう

そう叫んだ出席者の声は、とても悲しそうでした。

核実験で汚染された太平洋のロンゲラップ島の住民を避難させるグリーンピース。1985年。

この他に、海外の反応として、ミクロネシア連邦のデイヴィッド・パヌエロ大統領が菅義偉総理(当時)に宛てた公開書簡が紹介されました。
書簡には、「この方針決定の前に、政治的・歴史的・地理的に深い関係にある太平洋の島々からなる国々に対して、日本政府が事前に協議を行わなかったことにフラストレーションを感じている」とありました。
なぜ協議をしなかったのか?という問いへの回答は、「事前協議を行うような内容の決定ではない」

この答えを耳にしたとき、会場にいた出席者の皆さん、オンラインで見ていた皆さんはどう感じたでしょう。
もし、太平洋の島々の方がこれを聞いていたら、どう思ったでしょうか。

なんとしても海洋放出をくいとめたい

政府の方針は決まりましたが、放出までの準備に2年かかります。
このままでは来年にも放出が始まりますが、今後もグリーンピースは海洋放出をくいとめるための活動を続けます。

この意見交換会で、グリーンピースは奥田氏に、トリチウム除去技術を引き続き検討している理由を聞きました。回答は「環境中に放出する量はできるのであれば、減らしたほうがいいから」。しかし、「減らしたほうがいいなら、除去すべきでは」という問いには「ゼロにする必要はない」としました。
減らしたほうがいいといいながら、実際には減らす努力をせず、「薄めて放出」する予定なのです。

「あれだけ大量の汚染水をどうするのか、他に方法がないからしかたがない」と考える人もいるかもしれません。
でも、実現可能な代替案はグリーンピースも提示しています。
いまを生きる私たちには、何千年も環境を破壊し続ける放射性物質の汚染から、次の世代をまもる責任があるのです。

決して、このままにしておいてはいけないはずです。



動画:廃炉・汚染水 説明・意見交換会
汚染水と代替案について詳しく知りたい方はこちらから

オンライン署名「放射能汚染水を海に流さないで」に参加

1:毎日新聞2021年4月21日「政府・東電と地元との約束はどこへ 処理水海洋放出 福島県も注視」
2:福島民報2021年6月12日「反対」などの意見書、福島県内9議会が可決 処理水放出の政府決定後に 
3:廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚会議議事録
4:ALPS小委員会報告書

(2021年7月のブログを改訂しました)

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