市民が引き上げに貢献 国立市が国内トップレベルのCO2削減目標草案を発表
この投稿を読むとわかること
2023年11月、東京都国立市が、市民と専門家の声を聞き、政府や東京都よりもはるかに高い二酸化炭素と温室効果ガスの削減目標が示された地球温暖化対策実行計画素案を公表しました。トップレベルのCO2排出量(2013年比)62%という目標値実現の立役者は、グリーンピース・ジャパンに事務局を置く「ゼロエミッションを実現する会(ゼロエミ)」の一グループ、ゼロエミ国立のメンバーでした。メンバーの一人である尾身悠一郎さんからの報告です。
国立市で全国トップレベルの削減目標が実現
中央線沿線で新宿から電車で40分、人口約7万7千人の都内でも比較的小さな自治体である国立市が、日本トップクラスの温室効果ガス削減目標を掲げようとしています。2023年11月、国立市が温暖化対策実行計画(以下実行計画)の改定案において、2030年のCO2排出量を62%削減、温室効果ガス排出量を60%以上削減(共に2013年比)という高い削減目標を打ち立てました。
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国立市の目標数値は、日本の温暖化対策にとって、とても大きな一歩です。その理由は、単に市が「1.5℃目標*」に整合する数値を掲げたということにとどまりません。1.5℃目標という世界中の科学者が示している指針を市民が訴え、その声を受けて行政が市民の声を計画に反映させたという経緯そのものに大きな意味があります。
*1.5℃目標:破滅的な気候危機を回避するために、産業革命前と比べた気温上昇を1.5℃までに抑えるという2015年にパリ協定で合意された世界目標
市民の声を伝える上で大きな役割を果たしたのが、国立市に在住・在学・在勤する3人のメンバーが2023年2月に結成した「ゼロエミッションを実現する会・国立(ゼロエミ国立)」でした(グリーンピース・ジャパンは「ゼロエミッションを実現する会」の事務局を務めています)。
消極的な目標値から若者が受け取るメッセージ
「62%」という数字は、日本の温暖化対策にとって重要な指標の一つです。
もし1.5℃以上の気温上昇を許してしまえば、地球温暖化のドミノ倒しが始まり、その後の気候変動を止められなくなる可能性があるため、1.5℃は重要な「ティッピングポイント(転換点)」であるといわれています。そして、気候変動に関する複数の研究機関のグループからなるClimate Action Trackerによる報告では、日本は、1.5℃目標を達成するために、2013年度比でCO2排出量を62%削減しなけれならないとされているのです。
しかし、2021年4月に発表された現在の日本政府の目標は、2030年までのCO2削減目標を2013年度比で46%削減するというもの。つまり現在の日本の目標では、1.5℃目標を達成するためには不十分だということです。
こうした国の姿勢は全国各地に影響し、多くの自治体が1.5℃目標に整合していない目標(2030年に46〜50%削減)を掲げているのが現状です。
日本政府や自治体の目標値が1.5℃目標に整合していないことは、現在と将来を生きる人々に大きな不安を与えています。2021年、気候変動の問題に取り組む若者のグループFridays for Future Japan(FFF Japan)のメンバーは国会でこう訴えています。
「菅首相から、2030年温室効果ガス削減目標を2030年比46%にするとの発表がありました。私はこの数値を聞いた時、みなさん方大人に、『あなたたちの命と未来はいらない』と宣告されたように感じました。絶望しました。この46%という目標は、気候危機から国民の命を守るという責任を放棄したように思います」
FFF Japanの若者だけでなく、気候危機を不安に思う日本や世界中の多くの人々が、46%や50%という数字から、未来に対する無責任なメッセージを受け取っています。
そうした中で、2030年に温室効果ガス60%以上、CO2 62%という国立市の削減目標は、私たちに希望を与えてくれます。これまでにも、いくつかの自治体が国の目標を大きく上回る計画を立ててきました。
1人の国立市民から広がった活動
2030年の温室効果ガス削減目標として60%を掲げている長野県、兵庫県神戸市、60%以上としているのは千葉県木更津市、高知県黒潮町です。東京都世田谷区はCO2と温室効果ガスを分けて、CO2 62.6%削減、温室効果ガス57.1%という高い目標を掲げています。
これらの自治体と比較しても、国立市は日本トップクラス(2023年12月時点)の目標を掲げようとしていることが分かります。しかし、国立市は最初から高い目標を掲げていたわけではありませんでした。
国立市が実行計画の改定に先立ち作成していた情報資料集「ゼロカーボンシティ実現に向けたロードマップ(以下ロードマップ)」では、2030年までの削減目標として、46%〜55%という数字があがっていました。
この状況が覆えり、国立市が日本でもトップクラスの目標を掲げるに至ったのは、ゼロエミに所属する1人の国立市民の行動がきっかけでした。
彼女は国立市の環境審議会委員に応募して委員となり、環境審議会でClimate Action Trackerの試算を根拠として、より積極的な目標を掲げる必要性を訴えました。この働きかけが功を奏し、市がもともと作成していた3つのシナリオ(46〜55%の削減目標)に加え、4つ目となる62%削減のシナリオが追加されます。
これが最初の大きな一歩になりました。ゼロエミ国立は、2023年11月に公表される実行計画の素案において、4つ目のシナリオである、「2030年62%削減目標」を掲げてもらうことをゴールに定め、2023年4月から本格的な活動を開始します。
市長にプレゼン、職員とのコミュニケーション
ゼロエミ国立が最初にアプローチしたのは、市の計画について最終的な決定権を持っている国立市長でした。
市の職員や市議会から働きかけ、5月18日に初めての市長面談が実現。ゼロエミ国立メンバーは、1.5℃目標の重要性、ロードマップの問題点、他の自治体が取り組んでいる先進的な対策の事例などを、144ページのスライドにまとめて説明しました。
さらに8月8日、専門家を交えて、市長や副市長との2回目の面談を行いました。建築家の竹内昌義さん、産業総合技術研究所の歌川学さんのお二人からは、徹底的な省エネ対策と建築物の断熱性能がいかに重要であるか、そしてそれらを進めるためにはどのような政策が重要であるかの説明がなされました。こうした面談を経て、ゼロエミ国立は62%の目標を掲げるように求めた意見書を市に提出し、温暖化対策に関する市の立場について回答を求めます。
ゼロエミ国立は、首長だけでなく、現場の職員とも対話の機会をつくり、62%目標の重要性についてしっかりと伝えました。担当職員との信頼関係が構築されたことで、8月には市が実施した温暖化対策に関する市民ワークショップで機会が作られ、ゼロエミ国立メンバーが登壇。職員の方が「1.5℃目標の重要性を一番理解しているのは、ゼロエミ国立の皆さんだと判断した」結果でした。
市民の声を可視化する
目標値実現のために行った戦略的な活動の一つに、国立市民が温暖化の影響をすでに受けていると感じており、市に対して積極的な対策を求めていることを可視化させるためのインタビューがありました。市民の声をできる限りわかりやすく届けるための取り組みです。
市内を散策したり通学しているだけで身の危険を感じる暑さに直面していること。幼児や高齢者、ハンディキャップを持った人々は、日中の活動時間や活動場所が大きく制限されていること。降雨量が減少して農作物が取れなくなっていることや、反対に極端な豪雨被害に遭って引っ越しを検討していること。光熱費の高騰で生活が苦しくなっていること。そして小さな子どもでさえ、「地球沸騰化」という言葉を知っており、自分たちが対策しなければ大好きな動物たちが死んでしまうこと……。
インタビューを受けてくれた26人の国立市民からの「温暖化を止めるための積極的な市の政策を応援する」という声を動画にまとめ、市長に提出し、市の職員に見てもらいました。
さらに、国立市に市民からの応援の声を届ける「エールアクション」も実施しました。9月18日に代々木で開催された大規模な気候イベント&パレード「ワタシのミライ ~No Nukes & No Fossil~」に出展したゼロエミのブースなどで「国立市の62%目標の設定を応援する」署名を集め、141名からの賛同、30名からの寄せ書きが集まりました。メンバーから国立の挑戦を聞いて、メールや電話で担当課に直接応援の声を届けてくれた人も。合計で200人前後がエールアクションに協力してくれました。
専門家に依頼し、具体的な削減対策を提案
こうした活動で、58%まで上方修正された削減目標でしたが、そこから62%までの残り4パーセントの積み上げにはもう一押しが必要でした。
ゼロエミ国立のメンバーは残り4パーセント分(CO2約1万1千トン相当)以上を削減できる具体案を市に提示するためにさらなる活動を続けました。
10月30日、市とゼロエミ国立、専門家、実行計画に関わるシンクタンクによる四者面談を実現させ、その場所で専門家に試算を依頼したCO2削減案を提示したのです。
四者面談当日には具体的な合意を得るまでには至らなかったものの、省エネ機器の導入や断熱等級6または5の普及など、具体的な施策案とともに削減可能な数値をしっかりと伝えることができました。
そして、四者面談から約1か月。11月27日の国立市環境審議会で公表された実行計画の改定素案には、「2030年までにCO2を62%削減し、温室効果ガスも60%以上削減する」という目標が明記されていました。
ゼロエミ国立のメンバーがすぐさま市役所に向かい、職員に「これは事実上、ロードマップのシナリオ4を採用したということですか?」と尋ねると、職員は「はい、そうなりますね」と答えてくれました。
ゼロエミ国立の結成から9か月、大きな大きな目標を達成した瞬間でした。
活動を通じて、目標値を決定する市の職員ら自身も、市民からの支持と政策上の根拠を必要としていることが分かりました。「市民からの声と専門家からの情報を、友好的に繰り返し伝え続けること」。これが、目標引き上げにつながったのだと思います。
一緒に行動する仲間を見つけませんか?
私たちが住むまちは今、気候変動対策に、何パーセントの温室効果ガス削減目標を掲げているでしょうか。
国立市の大きな成功も最初は勇気を振り絞った一人の行動からスタートしています。私たちの最初の一歩は、家族やお友達、まちの仲間、多くの人たちにとっての希望となり、ひいては日本の温暖化対策にとっての大きな一歩となる可能性があるのです。
これまで気候のための活動に取り組んだことがないという方も心配はいりません。「ゼロエミッションを実現する会」には、いっしょに活動するたくさんの仲間がいます。一緒に自分のまちから変化を起こしませんか?
文/ゼロエミ国立 尾身悠一郎
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