普及とともに懸念されるEVバッテリーの環境課題とは?(上) [Drive Change]
こんにちは、気候変動・エネルギー担当の塩畑真里子です。
私が2023年の春に自動車キャンペーンを担当するようになってから、これまで最も頻繁に寄せられた質問のひとつは、「電気自動車(EV)は走っている段階では二酸化炭素(CO₂)を出さないかもしれないけど、製造段階で相当な量を排出するから結局気候変動対応にはならないのではないの?」というものでした
EVバッテリーの製造には大量の電力が必要
この問いのうち、「EVは製造段階で相当な量のCO₂を排出する」というのは、「相当なエネルギーを消費する」という意味でしょうが、実際、EVバッテリー製造には大量の電力が必要です*1。
ですが、車のライフサイクル(車の一生)で見た場合、EVはガソリン車よりもCO₂の総排出量は少なくなります。これはたとえ充電に使用する電力が火力発電由来であってもです。どれくらい少なくなるかはEVを使用する場所、地域の電源構成によりますが、再エネで充電することができれば排出量は少なくなります*2。
「製造段階の排出」には、車体の鉄鋼を製造する際に出るCO₂もありますが、これはガソリン車と共通のものですから、多くの人が問題視するのは、EV製造段階、特にバッテリー製造によって排出されるCO₂のことです。

現在、世界でEV用バッテリーの搭載容量は急速に拡大しています、2020年には世界全体で148ギガワットアワー(GWh)だったのが2024年には894 GWhにまで増加しています*3。また、供給の拡大とともに、価格は低下しています。今後もバッテリー需要は拡大していくことが予測されています。
一方、気候変動が深刻化するなか、既存のガソリン車などの内燃機関車がEVに代替されれば車の脱炭素が実現する、というほど交通部門の課題は単純ではありません。
グリーンピースは今年の7月、EVバッテリー製造をめぐるCO₂の排出量および世界の大手メーカーによる排出削減の取り組みを分析した報告書を発表しました。報告書のタイトルは、「ゼロエミッションの充電に向けてーー上位バッテリー製造会社の気候への取り組み評価(原題 ”Charging Toward Zero Emissions: Evaluating Climate Progress by Top EV Battery Manufacturers”)」というものです*4。
EVシフトに伴う課題について分析を行い、どのように解決を目指していくべきか、自動車の専門家や市民の皆さんと一緒に考えていくきっかけをつくるとともに、今後の需要拡大を見込み、環境負荷を適切に把握していくことは必須です。
以下、いくつか注目すべき点をご紹介します。
バッテリーの種類によって異なる排出量
この調査では、グリーンピースが独自にバッテリー製造工場で排出量を計測するのではなく、すでに公開されている査読付き学術論文の結果等を収集し、その内容を分析する手法を採用しました。
バッテリーの原材料の採掘、精製、セルや電池パックの生産、出荷の各段階の排出を調査範囲とし、バッテリー工場から車両組み立て工場までの輸送過程での排出、EVの廃棄やリサイクル段階での排出は含めていません。また、世界のバッテリー製造会社上位10社の脱炭素取り組みについても調査を行いました。
現在、世界で使用されているEVのバッテリーには大きく分けて、以下の3種類があります。
- 三元系(NMC):ニッケル、マンガン、コバルトを配合し、エネルギー密度とサイクル寿命のバランスが良いタイプ
- リン酸鉄系(LFP):サイクル寿命が長く(充放電による劣化に長く耐えうる)、安価で安全性が高いタイプ。電圧はNMCより低め。
- NCA:ニッケル、コバルト、アルミニウムを使用し、エネルギー密度が非常に高いタイプ
このうち、近年、生産が急速に拡大しているのが2番目のLFPです。LFPは、当初は車載用電池としては向かないと考えられていましたが、技術開発が急速に進み、三元系よりも安価であるだけでなく、EV電池として三元系と同程度の航続距離を達成しています。
LFP電池の製造は中国系企業によるものが大半を占めていますが、近年、日本や欧米の自動車会社もEV製造への採用を拡大しています。今年、フランスのルノー社は2026年から製造するEVの全車種でLFPを採用することを明らかにしています*5。
以下の図は、2021年から2023年にかけて、世界全体、中国、欧州、米国でEVに搭載されているバッテリーの種類の割合の推移を示したものです。世界全体では、2023年時点では三元系NMCとNCA合わせて6割を占めますが、中国では逆に6割以上がLFPになっていることがわかります。今後、LFPは中国以外でも増加していくことが予測されます。

これらのバッテリーは使用する材料が異なりますが、製造過程のCO₂排出量に違いはあるのでしょうか。
排出量データについては、中国以外ではLFPはまださほど生産されていないため、関連するデータが限られています。そのため、中国での電池製造に限定して排出データを分析しました。複数の調査結果データをみたところ、一貫してLFPの排出量は、三元系電池(NMC、NCA)よりも低い、という結果になりました。
LFPの排出量の中央値は89.2kgCO₂e/kWh、これに対し、NMCの中央値は120.5kgCO₂e/kWhでした。MNC電池は、材料のニッケルやマンガンに高熱加工を施すため、大量のエネルギーを消費するためだと考えられます。これに対し、LFP電池は、コバルトやニッケルを含まないため、加工に必要なエネルギー量が少なくなります。
製造する地域・国よって異なる排出量
バッテリーの製造過程から出るCO₂の量は、それに使う電気に由来するかで大きく左右されます。
例えばフランスでNMC電池を製造した場合の排出量は、ライフサイクルで52kgCO₂e/kWhとなりますが、同じ電池をドイツで製造すると126kgCO₂e/kWhになる、という調査結果があります*6。これは、ドイツの電源構成の6割近くは再生可能エネルギーであるものの、残りの4割は化石燃料由来であるためで、それに対し、フランスでは原子力発電への依存度が高いことによるもの、と考えられます。
グリーンピースの調査では、バッテリーの製造段階のうち、最もエネルギーを使用するセル製造段階に限定し、製造に必要な電力をすべて国の電力系統からの供給とした場合、同段階で排出されるCO₂の量を、国・地域の電力の炭素強度(電力1kWhあたりで排出されるCO₂量)と並べてみました(下図)。

電源の炭素強度が高ければ高いほど、セル製造による排出量が多くなることは明らかです。特にギガファクトリーなど大量の電力を要する場合、クリーンな電源構成にアクセスできる、もしくは再生可能エネルギーを自前で調達できる、などが今後の電池製造を考えていく上で重要な要素になります。
(普及とともに懸念されるEVバッテリーの環境課題とは?(下)に続く)
*1 例えば、マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、EV1台あたりの製造過程で出る温室効果ガスのうち、4割〜6割はバッテリー製造によるものとしている。McKinsey and Company, 2023年2月23日、The race to decarbonize electric-vehicle batteries
*2 国際エネルギー機関(IEA)は、中型EVを15年間使用した場合、同等のガソリン車を使用した場合に比べ炭素排出量は50%少なくなり、ハイブリッドよりも40%少なくなる、としている。(IEA Outlook for emissions reductions)
*3 電波新聞「EV用電池の世界累積容量、24年は27%増の894GWh 上位10社中6社が中国勢 」2025年2月17日
*4 Charging Toward Zero Emissions: Evaluating Climate Progress by Top EV Battery Manufacturers
*5 日経新聞「ルノー、安価な「LFP電池」をEV全車種に採用中国勢の中核技術」2025年10月15日
*6 M. Kolahchian Tabrizi, D. Bonalumi, and G. G. Lozza, “Energy and environmental assessment of lithium-ion battery systems: A process-integrated life cycle perspective,” Energy, vol. 288, Art. no. 129622, 2024.