パリ五輪開幕を前にした7月8日、英国王立工学アカデミーのメンバーでケンブリッジ大学工学部のデビッド・チェボン教授ら約120人の科学者・エンジニアが連名で国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長らに対し、今大会の公式車両となっているトヨタの水素燃料車ミライを撤回し、電気自動車に変更するよう求める公開書簡(注1)を発表しました。

公開書簡の中で、科学者・エンジニアらはミライの撤回を求める理由として以下の5点を挙げています。

  1. 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、旅客輸送の脱炭素のためにはバッテリー電気自動車(BEV)が最も効果的であるとしている。旅客輸送目的に水素燃料を使用することは、真の解決策へ向けての努力が無駄になる恐れがある。
  2. 水素を再生可能エネルギーから作ったとした場合、同じ大きさのBEV車両を動かす場合の約3倍のエネルギーを使用することになる。多くの国が再エネ100%の電源構成を達成していない現在、再エネを電源ではなく水素製造に使用することはあまりにも非効率である。
  3. 現在使用されている水素の99%は化石燃料を使って製造されており、その過程で排出される炭素は回収も貯蔵もされていない。現在、水素製造過程で排出される炭素の量は航空業界による排出量に及ぶ。水素製造過程で排出される炭素を適切に処理できるようになってはじめて水素を使用すべきだ。再エネから製造するグリーン水素の量が非常に限られているなか、化石燃料由来の水素を水素燃料車に使用することは、通常のガソリン車よりも3〜5割、炭素排出を増加させていると推計される。
  4. 価格の高さや水素燃料の希少性からして水素燃料車はネットゼロのための有効な解決策とはなり得ない。実際に水素燃料車の販売台数は下降している。電気自動車を自宅や公共施設で充電できるのに対し、水素供給設備の設置はより高コストである。
  5. 2020年の東京五輪でも水素燃料車の導入は図られたが、水素燃料のコストと水素供給設備設置の難しさから多くの場合、成功していない。日本でも導入を図ったタクシー会社が燃費の悪さから壁にぶつかっている。(注2)

なお、トヨタはパリ五輪に対し、自社の車両2,674台を提供、内訳は水素燃料車500台、ハイブリッド車1,021台、BEV1,003台、車椅子アクセス可能BEV150台と公表しています。(注3)

グリーンピース・ジャパン 気候・エネルギー担当、塩畑真里子

「水素は、長距離貨物輸送や船舶などの燃料に使用することはあっても、短距離の旅客輸送に使用するのはあまりにも非効率的であることはこれまでも多くの技術者が指摘してきたことです。今回、チェボン教授らがこの書簡を発表したのは、五輪という世界的なイベントで水素燃料車を大々的に宣伝することが、一般市民の間で脱炭素の選択肢という観点から誤解を招く恐れがあるという懸念を抱いたためと思われます。トヨタにとって五輪は、世界に対して電気自動車のメーカーとしてアピールする絶好の機会ではないでしょうか。ぜひこの書簡に応えることを期待します」

以上


(注1) Hydrogen cars risk derailing green credibility of Paris Olympics Open letter from scientists concerned that hydrogen cars are misaligned with net-zero

(注2) ブルームバーグ『燃料電池車の普及に水素コストの壁、実験導入のタクシー会社は嘆き節』(2023年7月24日)

(注3)トヨタ ニュースリリース 「トヨタ、パリ2024オリンピック・パラリンピックで持続可能なモビリティを提供」(2023年10月4日)