EV時代の到来① EV充電インフラベンチャー「テラモーターズ」
この投稿を読むとわかること
「EV時代は間もなく、必ず来ると確信しています」
気候危機の深刻化を受け、大手自動車メーカーに対し、ガソリン車からゼロエミッション車への早期転換、再生可能エネルギーの使用拡大、自動車の生産・販売というビジネスモデルからよりグリーンなモビリティー・ビジネスへの移行といった期待が世界的に高まっています。そのようななか、日本国内でも、「脱炭素モビリティー」に向け、新しいビジネスを展開している方々がたくさんいます。そこで、グリーンピース・ジャパンはこのような新しい脱炭素モビリティーの事業を展開する人たちへ気候変動に対する考えや具体的なビジネスでの取り組みを複数回にわたって伺います。EVシフトの「いま」を知ることで、改めてEVシフトや脱炭素について考えてみませんか。
Eモビリティーを推進するテラモーターズ
米国、欧州、中国に比較するとまだEVの台数も登録車両全体に占める比率も低い日本ですが、そこに風穴を開けようとしている会社があります。東京都港区に本社を置く電気自動車(EV)ベンチャー「テラモーターズ」(東京都港区)は2010年に創業。電動二輪の開発製造から始まり、2022年から国内のEV用充電器設置事業「テラチャージ」を展開しています。また、アジアを中心に国際的なモビリティー事業も展開しており、インドでは電動三輪車を販売しているほか、EV充電事業も開始しました。
2023年9月末には今後1年半内に東京都内でガソリンスタンドと同数の1000カ所のEV充電拠点を整備することを発表し、話題になりました(注1)。今年、自治体営業チームを立ち上げ、総括責任者に就任した酒井良成さんに、日本国内のEV普及の動向、現在の活動、今後の展望について伺いました。
公共充電器を普及させることでEVをより日常的なものへ
テラモーターズは2022年4月にEV充電器の設置と維持管理事業に参入しました。これまでに東京都を含め、全国で200近くの自治体と充電器の設置に向けてコミュニケーションをとっており、市町村が保有する公共施設に充電器を無料で設置、EVユーザーが充電器を利用し、利用量に応じて料金を支払う仕組みです。酒井さんは日々、日本全国の自治体とやり取りをしています。
「そもそも我々が充電器設置事業に参入した背景には、日本のEVシフトの遅れがあります。公共充電器を増やして、EVを購入したユーザーに対して電欠にならないよう安心感を持ってもらう、ということを目指しています。EVユーザーが『EVに乗っても充電の心配はないよ』というメッセージを発することでよりEVが広がる、と考えています」
先般発表のあった都内で1000カ所の充電設備設置、というのはガソリンスタンドの数を意識したものだそうです。調査機関等が行うEV購買意識調査からも、公共充電インフラの不足がEV普及の足かせになっていると考える人が一定数に達していることも明らかになっています(注2)。
テラモーターズは創業当時は電動二輪車を製造して、その後インドなどアジアに進出しました。現在もインドでは電動三輪車の開発製造をしていますが、日本の二輪部門事業は2014年に売却しています。現在の事業の中心は商業施設や集合住宅の公共充電器の設置です。
「創業者の徳重徹会長はアメリカでMBAを取得した後、シリコンバレーで起業家の会社設立や資金調達などのキャリアを築きました。アメリカから日本を見ていて、自分が生きてきた時代には様々な産業で日本が世界のトップであったこと、それが様変わりして、日本では既得権益を守り、スタートアップが生まれづらい土壌になってしまったと感じたそうです」と話す酒井さん。社会的インパクトを生むために、自動車のような大きな産業に関するビジネスが重要であり、自動車産業の一端から新しい刺激を生むことを目指しています。
アメリカでは、フォードやゼネラルモーターズといった伝統的な自動車企業と並行して、シリコンバレーを中心に、自動運転ソフトウェア開発など新しいモビリティーを手掛けるベンチャー企業が多数存在し、自動車産業に新しい潮流が生まれています(注3)。それに対して日本ではモビリティーのベンチャーが非常に少ないのが現実です。
最初は数人で始まった会社ですが、日本事務所の職員数は約100人で、幅広い年齢層が働いているとのこと。「若い年齢層は環境への意識は高く、中堅層は未来のために脱炭素を実現したいという思いを持つ人が多い。脱炭素で日本企業も能力を発揮していかなければ。今、世界で評価されているのはこの課題に取り組む会社ではないのでしょうか」と酒井さんは語ります。
国内でのEV普及ーー必ずやってくる
中国やヨーロッパなどEV普及率が高い国は、補助金のほか、新車販売に占めるEV割合の政策的インセンティブによってEV率が伸びてきた経緯があります。そのような状況のなかで酒井さんが特に注目している国があります。
「タイでは今年に入ってEV販売が急増しています。新車販売に占めるEVの割合は今年は9%ぐらいに届くのではないかと聞いています。売れているのは中国のEVで、性能が上がってコストは下がることで若者を中心に消費者が積極的にEVを選んでいる」
タイでは公共充電設備はさほど整備されていないものの、このような増加の仕方は日本でも起きる可能性があると酒井さんは予想しています。
「日本では戸建てに住んで屋根から電気を供給できれば、ユーザーとしてはハイブリッドより安いEVを選んでもおかしくない。今年の9月に発売されたBYDのドルフィンは補助金を使えば300万円以下で購入できます。自宅充電で燃料費を抑えられる。航続距離も400キロ以上あります」
2025年になれば日本のメーカーによるEV車種も増えると言われています。メーカーがより車種を出せば若い人を中心にユーザーは増えるのではないか、と酒井さんは考えています。
公共充電器の課題の解消に向けて
テラモーターズが現在扱っている充電器の大半は、普通充電。集合住宅に設置する基礎充電と商業施設などに設置する目的地充電があり、公共充電は、その周辺にどの程度EVユーザーが存在するかで利用率に差が出るそうです。商業施設では、充電する間に買い物するといった「ながら充電」です。現在、絶対的にユーザー数が少ないため、はっきりとしたパターンを把握するのはまだ難しい状況だそうです。
ユーザー視点からして、目下の課題は料金の不公平感ではないか、と酒井さんは話します。
「日本では現在、充電した時間の長さで料金が決まる分課金制度になっています。充電が60%ぐらいまではスムーズに行きますがそれ以上は抑制される。それ以上の充電は量に対する単価が上がってしまい、不公平感があります。これが従量制になれば解消されるわけで、これを希望するユーザーは多いです。今後我々が都内で導入する充電器は従量制にする計画です」
自治体レベルの車の脱炭素
酒井さんは自治体統括の責任者なので、国内各地で自治体が抱える脱炭素の課題や関係者の悩みもよく把握しています。
「国が定めた目標設定についての意識はある一方、具体的なロードマップや取り組みはまだこれから、というところが多い。自治体内のガソリン車を減らしていく必要があるのは明らかで、関係者にはその認識はあります。そのためにまずは充電器を導入、という動きがあるわけです」
テラモーターズは、EV公用車のリースによる提供、EV公用車の充電器の設置、自治体内の再エネを使ったEV充電器の設置など、自治体のコスト負担を軽減する形の交通の脱炭素を各地の事業に応じて様々な形で提供しているそうです。
今後の課題としては、EVを充電する電気の再エネ活用だと考えているそうです。現時点では設置した公共充電器で再生可能エネルギーを提供することが収益の観点から難しい状況です。設置先の事業主が希望、選択する場合は再エネでの充電はできますが、数は限られています。
「それでも自治体によっては、建物に太陽パネルが設置されていて、週末はEV公用車を使用しないので、その間、車両を充電できるようにするなど工夫できることも提案し、喜ばれています」
たとえ電源が火力発電由来であったとしても、ガソリン車よりもEVを使用したほうが、二酸化炭素排出量が減ることは様々な研究が指摘していることです(注4)。しかし、再エネでEVの充電をすることによってより排出が削減できます。
「EVの台数が増えればこれも変わってくると考えています」と酒井さん。
この夏の記録的な暑さを経験し、気候危機を改めて実感した人も多いと思います。日本の年間二酸化炭素排出量の約18%は自家用車運転を含む運輸・交通部門由来です。もちろんEVのみで気候危機の問題が解決されるわけではありません。日本は都市と地方の公共交通サービスも大きく異なり、今後、新しいテクノロジーの活用と共に脱炭素型交通を推進していくことがより求められています。
(聞き手 気候変動・エネルギー担当、塩畑真里子)
(注1)日本経済新聞2023年9月26日「東京都内のEV急速充電拠点、給油の1.5倍へ 普及促す」
(注2)デロイト「2023年グローバル自動車消費者調査日本市場編」p.15
(注3)アメリカのビッグ3と呼ばれる自動車会社とIT企業の間の相互補完的なモビリティー開発の現状については、「日本車は生き残れるか」(桑島浩彰、川端由美著 講談社現代新書 2021年)を参照。
(注4)電力中央研究所社会経済研究所「電動車と内燃機関車の製造と走行に伴うGHG排出評価」2021年6月