巨額支払い判決を出したダコタ・アクセス・パイプライン裁判の背景と問題点
この投稿を読むとわかること
3月20日、ノースダコタの石油パイプライン建設をめぐり、米石油大手エナジー・トランスファー社が起こした訴訟に判決が出ました。判決内容はグリーンピース・インターナショナルおよびアメリカ国内のグリーンピース法人に6億6,000万米ドル以上(約1千億円)もの支払いを求めるものです。しかし、そもそもこの裁判はなぜ起きたのか、背景にはどのような問題があったのでしょうか。
ダコタ・アクセス・パイプライン計画への先住民による抗議活動
2014年12月、米石油大手エナジー・トランスファー社が、アメリカのノースダコタから出発する原油パイプライン(=ダコタ・アクセス・パイプライン、以下DAPL)建設を政府に申請しました。ノースダコタ州の原油生産地帯から、イリノイ州の石油タンク集積地までを、1,886キロにも及ぶ長大な地下パイプラインで繋ぐDAPL計画です。

この37億ドル規模の長いパイプラインが完成したあかつきには、1日あたり47万バレルの原油が4つの州をまたいで地下配管を流れる想定でした。
しかし、DAPL計画には、建設以前からさまざまな問題点が指摘されていました。そもそも石油やガスのパイプラインは、建設による森林破壊や生物への悪影響や、漏洩等による河川や土壌汚染を引き起こす危険性をはらんでいます。
中でも争点となったのはルートです。DAPLの経路は、先住民スタンディング・ロック・スー族が貴重な飲み水を得ているミズーリ川の貯水池オアヘ湖や、彼らの先祖たちを埋葬する土地を貫くものでした。居留地自体はかろうじて迂回していましたが、彼らにとってなくてはならない水源や聖地がDAPL計画に脅かされていました。
スタンディング・ロック・スー族は、パイプラインが神聖な埋葬地を破壊し、飲み水を汚染する恐れがあると、反対運動を開始。2016年4月に数十人でオアヘ湖のパイプライン建設現場付近にキャンプを張って座り込みを始めると、彼らの主張に賛同する参加者が瞬く間に増えていき、ピーク時には約1万もの人がキャンプに参加するようになっていました。

彼らが始めた反対運動は、スタンディング・ロック以外のスー族やその他の先住民、多くの著名人を含む市民から強い賛同を集め、大きなムーブメントへと展開していったのです。
政権交代と化石燃料利権に左右されたダコタ・アクセス・パイプライン
スタンディング・ロック・スー族による抵抗運動に、300以上の先住民部族、世界中の数万という市民、そしてグリーンピースを含む数多くの団体が連帯を示し、また、国連代表も先住民族の主権が守られていない可能性に懸念を示し現地視察に訪れました。
こうして驚くほどの世論の高まりと国際的な注目が集まった結果、2016年12月に米陸軍がパイプラインが管理下にある土地を通過することを許可しない決定を発表*。当時、政権交代の間際だった大統領バラク・オバマ氏のもと、用地申請は却下され、DAPL問題は決着を迎えたかに思われました。
しかし、新たに選出されたドナルド・トランプ氏が大統領に就任するや否や、一転してDAPL建設に認可を下します(2017年1月24日 )。エナジー・トランスファーの最高経営責任者(CEO)ケルシー・ウォーレン氏は、この認可の4日前に行われたトランプ氏の就任式に25万ドルを寄付、さらに2020年のトランプ氏の再選活動にも1000万ドルを寄付していたことがわかっています。

そして、ついにDAPLは2017年6月に完成し、長いパイプに膨大な量の石油が流れ始めました。スタンディング・ロック・スー族はそれ以降も、DAPLの閉鎖と化石燃料業界の影響下にない適切な環境調査の実施を求め続けています。
エナジー・トランスファー社によるスラップ訴訟の経緯
2017年8月22日、エナジー・トランスファー社は、DAPLの建設妨害などを行なったとして、グリーンピース・インターナショナルを含む環境団体を相手取り、10億ドル近い損害賠償を求める訴訟を起こしました。しかし、一連の抗議活動が、スタンディング・ロック・スー族の抵抗運動に市民たちが連帯して広がった運動であったことは明らかです。

当然エナジー・トランスファー社による訴えは、2019年に米国連邦判事によって一度棄却されます。ところが、同社は、訴訟申立先をノースダコタ州立裁判所に変え、再度申し立てを行いました。その結果がグリーンピース・インターナショナルおよびアメリカ国内のグリーンピース法人への6億6,000万米ドル以上(約1千億円)の支払いを命じる今回の判決です。
グリーンピースは長年、先住民族との連帯を不可欠なものとして重視してきました。DAPL抗議においても米グリーンピース法人は、スタンディング・ロック・スー族への連帯を示した数多くのNGOや市民団体の一つでした。
もちろん、グリーンピース・インターナショナルや米グリーンピース法人が抗議活動において器物損壊や暴力行為を行なった事実は一切ありません。
市民社会の声を抑圧しようとする「スラップ訴訟」とは
近年、エナジー・トランスファー社のような大企業や裕福な資産家が、人権擁護や環境保護に関連する組織や個人を訴える事例が相次いでいます*。
これらは資金力の違いを使って批判の声を萎縮させることを目的とした「スラップ訴訟」と呼ばれるものです。スラップ訴訟のターゲットとされた組織や個人は、金銭的、時間的に大きな負担を強いられます。加えて、法に則り非暴力を徹底しているにもかかわらず、公的利益や社会貢献のための活動を阻害されます。
ビジネスと人権リソースセンターが2021年に発表した報告書によると、2015年以降に世界中でスラップ訴訟の特徴を持つ355件もの申し立てが記録されています*。これらは企業関係者が、人権や環境を守るために活動する組織、個人、団体に対して起こした訴訟でした。
特に、大手石油会社や環境汚染に関与する企業が、環境活動を行う人々を提訴するケースが目立っています。大企業が自社利益の確保、増幅のために訴訟を利用しているのです。
スラップに屈さない「#WeWillNotBeSilenced」
エナジー・トランスファー社による訴訟は、スラップを使った戦略的な環境活動対策であり、これに屈することは平和的な抗議活動や大企業への批判が封じられる未来の可能性を意味します。その影響は、現在重要な分岐点にある世界中の気候正義を求める活動にも及ぶでしょう。

グリーンピース・インターナショナルは、エナジー・トランスファー社に対し、反スラップ訴訟を申し立て、今年7月にオランダでの裁判に臨む予定です。
エナジー・トランスファー社による訴訟と判決は、地球と自然、神聖な文化遺産、若者と未来の世代を守るため、声を上げるすべての人々に対する威嚇攻撃です。地球と、地球上すべての人の現在と未来のためのアクションを萎縮させないために、連帯を強め、この局面を打破する必要があります。
今、世界中に「#ImwithGreenpeace(グリーンピースとともに)」、「#WeWillNotBeSilenced(私たちは黙らない)」という声が広がっています。
スラップ訴訟では、連帯の力を打ち砕くことはできません。どれだけ資金を積み上げても、市民が繋がることで立ち上がるムーブメントを阻むことはできないのです。
大企業や有力な政治家、あるいは政治が間違った選択を進めようとする時、グリーンピースが果敢に声を上げ、非暴力的な方法で挑み続けることができるのは、グリーンピースの活動すべてが、記事を読むあなたのような個人からの寄付だけを活動資金としているからです。
グリーンピースは団体創設以来半世紀以上におよび、政府や企業からの財政支援を受けないことを譲れない方針としてきました。これからも、この姿勢は変わりません。
市民やさまざまなステークホルダーとともに、たったひとつの地球とそこに生きる命をまもるため、100年先の子どもたちに手渡せる未来をつくる。そのためにグリーンピースは活動を続けます。グリーンピースへの寄付は、こうした大企業の利益重視の環境破壊を食い止めるための活動に繋がっています。