パリ協定とアメリカの本音|離脱・再加盟の理由と世界の気候対策とは
アメリカは、パリ協定からの離脱を繰り返してきました。表向きには「国内産業への配慮」が理由とされていますが、トランプ政権の政治的利権や保守層へのアピールも背景にあると、多くのメディアが報じています。
正式な離脱は2026年1月27日になる見込みです。アメリカの脱退によって、気候変動対策にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
本記事では、これまでのアメリカのパリ協定への対応を振り返りながら、世界や日本への影響をわかりやすく解説します。いま私たち一人ひとりにできるアクションを考えましょう。
そもそも「パリ協定」とは?
パリ協定は、2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)のもとで採択された、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みです。気候変動枠組条約に加盟する195カ国と欧州連合(EU)が参加しています。
京都議定書の後継として、先進国・途上国を問わず全ての国が温室効果ガス削減目標(NDC)を提出し、5年ごとに世界全体の進捗を確認・見直しをします。
パリ協定の最大の特色は、地球の平均気温上昇を産業革命前に比べ「2℃より十分低く」し、さらに「1.5℃に抑える努力を追求すること」を世界共通の長期目標と定めた点です。
各国は具体的な温室効果ガスの削減目標を策定し、世界の気温上昇を抑えるために努力を続けています。日本やアメリカ、中国など主要国も加盟し、排出削減の目標を掲げています。これにより国際社会全体で連携し、気候変動対策の推進力を高める役割を果たしています。
なぜ? アメリカのパリ協定離脱

2025年1月に就任したトランプ米大統領が真っ先に行ったことの一つが、パリ協定から再離脱する大統領令への署名でした。
トランプ大統領がかねてから気候変動に懐疑的で、対策も不要とする姿勢を見せていたことから、この再離脱は多くの国際メディアに予測されていたものでした。再離脱を決めたトランプ政権は脱退の理由として、経済優先の立場を表明しています。
ここでは、表向きの理由と本質的な理由について、具体的にみていきましょう。
表向きの理由|国内産業の保護と雇用
トランプ政権は、パリ協定が国内の化石燃料産業に大きな打撃を与え、関連する雇用の喪失を招くと主張しています。さらに、中国やインドなどの新興国と比べて、アメリカに過度な負担を強いる「不公平な協定」だと批判しています。協定にとどまればエネルギー価格が上昇し、産業全体に悪影響を及ぼすとの懸念も繰り返し強調しています。
こうした考えから、アメリカ政府は経済の活性化と雇用の確保を掲げ、自国の利益を守る観点からパリ協定離脱を決定しました。経済的な損失を避けるための措置だと説明しています。
また、今年7月には、現在の気候変動の科学に疑問を投げかける報告書を公表。しかし、報告書に引用された論文の著者からも反論が出るなど、その作成プロセスについても疑問点が上がり、環境団体がアメリカ政府を提訴する事態にまで及んでいます。
本質的な理由|トランプ氏の政治的利権
トランプ氏がパリ協定からの離脱を決定した本質的な背景には、支持基盤である化石燃料産業に従事する労働者層や温暖化対策に懐疑的な層へのアピールがあると、専門家は指摘しています。
また、「アメリカ第一主義」を掲げ、気候変動対策よりも経済成長と規制撤廃を優先する姿勢を強調しています。*
このような政策は、短期的な経済効果や支持者獲得を狙った側面が強く、長期的な気候変動対策との整合性には課題が残ります。
協定をめぐり揺れ動く米国
アメリカはパリ協定に関して、政権交代のたびに脱退と復帰を繰り返してきました。
2016年、オバマ政権は温暖化対策の国際協調を重視し、パリ協定に加盟しました。しかし、2017年に発足したトランプ政権は、国内産業保護や経済優先を理由に協定からの離脱を正式表明。国際社会に大きな衝撃を与えました。
2021年にバイデン政権が誕生し、すぐさま協定に復帰。同政権は気候変動対策の強化と国際協調路線を取り、再生可能エネルギー推進など政策転換を図りました。
しかし2025年、第2次トランプ政権が再び脱退を表明。このような米国の「揺れ」は、国際的な気候変動政策の不安定さや協定の運用に大きな課題をもたらしています。
時期 | 政権 | パリ協定への対応 | 主な特徴 |
2016年 | オバマ政権 | 加盟 | 国際協調・気候対策重視 |
2017年 | トランプ政権 | 離脱表明 | 国内産業保護・経済優先 |
2021年 | バイデン政権 | 再加盟 | 脱炭素・国際協調再強化 |
2025年 | トランプ政権 | 再び離脱表明 | 規制撤廃・経済優先 |
トランプ政権にみるパリ協定の実態

パリ協定加盟後、米国の温室効果ガス(GHG)排出量は一時的に減少しましたが、トランプ政権下で規制緩和が進み、排出量の減少は鈍化しました。
一方、欧州連合や中国は排出削減を加速させるなど、各国の取り組み状況には差が生じています。ここでは、トランプ政権期間における排出量と世界の気候対策についてみていきましょう。
パリ協定離脱で温室効果ガス排出削減が鈍化
米国の温室効果ガス排出量は、2016年の加盟以降、緩やかな減少傾向を示してきました。オバマ政権時代には、「クリーンパワープラン」などの環境政策が導入され、自動車の燃費基準の強化や、発電部門・工業・住宅・商業といった固定排出源での規制が進められました。これにより、一定の排出削減が実現しました。
しかし、トランプ政権下でパリ協定離脱にともない規制緩和が進み、2020年から排出削減が鈍化しました。加えて、コロナ禍からの経済活動再開や生活様式の変化によって、2022年には温室効果ガス排出量が前年比で1.3%増加しています。*
この増加は、建物部門の暖房需要や輸送部門の航空需要の増加が主な要因とされています。電力部門では石炭火力発電の削減が続き、前年比1%減を記録しましたが、全体としては依然として米国の排出削減目標の達成は厳しい状況です。
アメリカ政府の動向と並行して、州や市、企業レベルでは高い削減目標を掲げる多様な取り組みが進められています。しかし、国による政策の変動が排出量に大きく影響するため課題となっています。
諸外国の温室効果ガス排出量と進捗
各国の温室効果ガス排出量や削減目標への取り組み状況は、大きく異なっています。
2022年時点で最大の排出国は中国で、世界全体の約32%を占めています。続いてアメリカが約13.7%、インドが6.9%、ロシアが5.0%、日本が3.0%と続きます。*
アメリカは、2025年までに温室効果ガス排出量を2005年比で26~28%削減することを目標に掲げています。欧州では、英国が2030年までに1990年比で57%削減、フランスは同40%削減を目指しています。*
日本を含む主要な排出国はいずれも削減目標を打ち出し、一定の進展をみせています。しかし、目標と実際の排出削減の進み具合には依然として大きなギャップがあります。例えば中国やインドでは、経済成長や人口増加の影響により排出量も増加傾向にあります。
現状の各国の削減目標が達成されたとしても、2100年には気温上昇が予測されており、気温上昇を1.5℃に抑えるためにはより一層の措置が必要です。
さらに、仮に各国が現在の削減目標を達成したとしても、地球の気温上昇が1.5℃を上回る可能性が高いと予測されています。1.5℃に抑えるためには、より一層の対策強化が求められています。*
アメリカのパリ協定離脱による影響

アメリカのパリ協定離脱は、1.5℃目標の実現をいっそう困難にし、世界全体の気候変動対策に大きな打撃を与えています。
さらに、アメリカがこれまでリーダーシップや資金面で担ってきた国際的な役割、そして道義的責任の後退は、各国や経済界に少なからぬ影響を及ぼしています。
一方で、中国やEU、カナダなどが主導的な立場をとり、再生可能エネルギーへの移行を加速させる動きもみられます。
国際的な気候資金の停滞
アメリカのパリ協定離脱によって、COP29で先進国が合意した「2035年までに年間3,000億ドルを拠出する国際気候資金」の実現性が揺らぎ、実際の拠出が凍結または削減される事態が生じています。
その結果、途上国への支援が不足し、気候変動対策の実行が大幅に遅れる懸念が強まっています。アメリカによる資金負担の停滞は、国際協調と脱炭素の加速を妨げる要因となっています。
国際的信頼の低下とリーダーシップの喪失
アメリカのパリ協定離脱は、気候変動対策における国際的リーダーシップの喪失を招き、同国の国際的信頼の低下をもたらしました。
これにより、他国の温暖化対策にも悪影響が及び、国際協調の足並みが乱されています。排出削減義務を果たそうとしないアメリカの姿勢は、他国、特に途上国に不公平感を与え、協定そのものの実効性を損なう要因となっています。
アメリカに追随し環境政策を後退させる国もみられ、世界的な気候変動対策の遅れを加速させていると指摘されています。
アメリカのパリ協定離脱が問いかけるもの
アメリカのパリ協定離脱は、気候変動対策における国家の責任と国際協調の重要性を改めて突きつけています。離脱は温室効果ガス削減の停滞だけでなく、先進国の気候変動に対する主体性や国際的な信頼にも影響を及ぼしました。
アメリカ国内では、現在も州や都市、企業が連携してパリ協定の目標達成へのコミットが続けられています。アメリカの大手企業や地方自治体は脱炭素社会の実現に向けて独自の取り組みを加速させようと苦心しているのです。
主要な排出国である日本も、国際社会と連携した責任ある対応が求められます。積極的な気候変動対策を推進し強化していくことが必要です。
私たちにできるアクションとは

気候変動対策を加速させるため、私たちにもできるアクションがあります。例えば、自治体への意見提出や署名活動への参加など、市民として政治に声を届ける行動です。
一人ひとりの行動が集まることで、地域や社会に変化が広がり、政府や企業の気候対策を後押しすることにつながります。
政治と気候のつながりを知る
政治の動きは気候変動対策の方向性を大きく左右します。だからこそ、私たち市民の一票は大きな意味を持ちます。気候変動への責任を持つ政治家を選ぶことで、持続可能な政策の推進を後押しすることができるのです。
脱炭素社会への転換を求める声をあげる
グリーンピース・ジャパンは政府や企業に「化石燃料からの脱却」や「再生可能エネルギーへの転換」を強く求めるキャンペーンを展開しています。
私たち一人ひとりが署名やSNSで声を上げることで、政策や企業の行動に変化をもたらす力となります。環境団体への支援は、個人の意思を基盤にして大きな影響力へと変化させる行動です。
共通の想いを持つ人々とつながり、市民活動を背景に、独立した立場で専門的知識を基に環境問題を監視し、有益な提言を行うことが可能です。専門家も「市民社会や国際社会が連携して気候変動対策に取り組んでいくということが一層重要になってくる」と強調しており、その力が社会や政策を持続的に動かす原動力となります。詳しくはグリーンピース・ジャパンのページをご覧ください。