モーリシャス沖で貨物船が座礁し、1,000トンの燃料がサンゴ礁の美しい海に流出する事故が発生してからもうすぐ半年が経過しようとしています。石油の生態系への影響、人々の暮らしへの影響は、今後何十年にも及ぶことが考えられます。SDGs(持続可能な開発目標)に多くの企業が参画するいま、こうした事故を繰り返さないために、企業ができることはなんでしょうか?企業に求められる「責任」とは、なんなのでしょうか?サステナブル・ブランド・プロデューサーの足立直樹さんにお話を伺いました。

おさらい:モーリシャス石油流出事故で何が起きた?原因は?

2020年7月にモーリシャス沖で日本の貨物船が座礁、燃料の重油が流出し、周囲のサンゴ礁やマングローブ林などの大変に貴重で脆弱な生態系を汚染するという事故が発生しました。

岡山県に本社のある長鋪(ながしき)汽船(正確にはその子会社)が所有し、商船三井が運航していた大型のばら積み貨物船WAKASHIO(以後、わかしおと記載)は、モーリシャス沖を航行していたところ、沿岸に近づき過ぎ、強い潮に流されて2020年7月25日に座礁し、自力では動けなくなりました。

長鋪汽船はサルベージ船を手配してわかしおを離礁しようとしましたが、サルベージ船が現場に到着する前にわかしおの船体に亀裂が生じ、8月6日には燃料の重油が海に流出し始めました。折からの荒天で作業は難航し、一部の燃料は回収されたものの、結局約1,000トン以上の重油が周囲のサンゴ礁やマングローブ林を汚染することになりました。

わかしおの重油流出事故により、汚染されたマングローブ。©Steeve Dubois

モーリシャスの周辺海域にはイシサンゴだけでも250~340種が生息し、魚類だけで800種、海洋哺乳類は17種、カメは2種、これらすべてを合わせると1700種もの生きものが生息しており、世界有数の生物多様性のホットスポットとして知られています。

モーリシャスの主要な産業は観光業で、昨年2019年の観光収入は16億ドル(約1670億円)といいます。もちろん今回汚染されたのは一部の地域ですが、モーリシャス全体が風評被害を受けることも考えれば、かなり大きな被害額となることは容易に想像できます。

また、食料も水産資源に大きく依存しており、水産業に携わっている人々も少なくありません。既にコロナ禍で受けた大きな打撃を受けている中、さらに追い打ちをかけ、しかも、その影響が今後数十年にわたって続くことが懸念されます。

事故当時、島中からボランティアが集まり、重油の拡散を防ぐための手作りのオイルフェンスを作っていた。©Mokshanand Sunil Dowarkasing

Q.  商船三井と長鋪汽船の対応を、足立さんはどう評価していますか?

商船三井は8月7日第一報で、社長をトップとする海難対策本部を立ち上げ、関係当局と連携して対応しており、また現地への早期の要員派遣を含め準備をしていると発表しました*1。長鋪汽船も、8月8日に第一報を出し、現地や関係者へ謝罪すると同時に、今後の処理や調査に全面協力するとしています*2

両者は8月9日に共同で初の記者会見を行い陳謝しました。しかし、商船三井はこの会見を副社長が行い、また誠意をもって解決にあたるとしながらも具体的な内容にまでは踏み込まず、法的な責任を果たすという立場を強調して会見を終えました。

たとえ法律的には賠償義務が船主である長鋪汽船にあるとしても、商船三井が自分たちは傭船者であり、その立場において法令に則った責任を履行すると強調したことは、むしろその責任から逃避しているように思えて大変残念でした。

事故が起きて1カ月を迎えた2020年8月25日、グリーンピースは商船三井本社前で、二度と事故を繰り返さないために行動することを求めてメッセージを送った。

Q.商船三井が賠償責任を負わなかったのはなぜですか?

商船三井はわかしおを船主の長鋪汽船から借受け、同社のブランドで運航していましたが、船を所有していたのは長鋪汽船の子会社です。

このような海洋汚染事故においては、2001年に採択されたバンカー条約*によれば、法律上は船舶を所有する船主が賠償責任を負い、わかしおを傭船(チャーター)していた商船三井には賠償責任はないとするのが通常です。

その船主の責任も、船主責任制限条約により船舶のトン数で上限が決められています。わかしおは約10万トンですので、モーリシャスが批准している1976年船主責任制限条約が適用されるならば約20億円、日本が批准している2015年に改正された議定書によれば約70億円がその上限となります。

しかし、モーリシャスの自然や産業が受ける被害は、70億円の賠償額ではとてもカバーできないのは明らかです。

事故直後、ボランティアが撮影したモーリシャスの海には、黒い重油が漂っていた。©Mokshanand Sunil Dowarkasing

そもそもなぜ商船三井が自ら船を所有せずに長鋪汽船会社から傭船していたのかといえば、その方が費用もリスクも少なく抑えられるからです。

わかしおは、実際に所有するのは長鋪汽船の子会社のOKIYO MARITIME CORP.で、船籍はパナマです。なぜ日本とはまったく無関係のパナマに船籍を置いているのかといえば、その方が税金を安く抑えることができるからです。もちろんこれは商船三井に限ったことではなく、世界中の運航会社が自分たちの会社をリスクから守るためにこのような形をとっており、法的にも許されています。

そして今回この船を実際に航行していた乗組員20名の全員が外国人(インド人3名、スリランカ人1名、フィリピン人16名)でした。これもコストを下げるために行なわれたと考えられますが、問題が起きたときの責任追求や解決は困難になりますし、またどこの法律が適用されるかによって、適用基準が変わってしまうという問題も発生します。これも責任や管理の上の問題になります。

商船三井がチャーターして、同社のブランドで運行していたわかしお。長鋪汽船の子会社から借り受けていた。船籍はパナマ。©Vincent UMRIT

*「燃料油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(燃料油による汚染損害の民事責任条約)」

Q. 最終的には一転、商船三井は自然と人々の生活を立て直すために行動することを発表しました。これはなぜでしょうか?

商船三井は当初、法的な責任を果たすことを強調していましたが、一カ月後には一転して社会的責任を負うのが当然であると表明しました。

9月11日には商船三井の池田社長が初めて記者会見を開いて陳謝し、被害を受けた地域のマングローブの保全や植林、サンゴ礁の回復、海鳥の保護などの財源として「モーリシャス自然環境回復基金」(仮称)を設立し、10億円規模の拠出をすることを発表すると共に、法的責任だけでは解決できないので「社会的責任を負うのは当然で、前面に立って対応する」と述べました。

傭船者としての社会的責任を認め、賠償金とは別に一定規模の金額を拠出することを決定したのは、大変画期的だったと言えます。流出事故が起きてから1カ月後にこのような決断をできたのはむしろスピーディーで、初動の遅れを挽回するものであったと言えるでしょう。

当初は「法的責任の範囲で」を強調してそれ以外の責任を負わないことを示唆していたのに、態度を大きく変えたのです。おそらく、商船三井内部で議論があって、市民やグリーンピースを含めた環境団体からも指摘があり、社会的責任について発言・行動するべきだろう、と判断が変わっていったのでしょう。今回商船三井が考え方を変えるにあたり、社会からの声はきっと重要であったろうと思います。

商船三井本社前で、We stand with Mauritius モーリシャスとともに立ち上がろうとメッセージを掲げるグリーンピース。

Q. そもそも企業の「責任」とはなんですか?

日本語では単純に「責任」とひとまとめにしてしまうことも多いのですが、英語で責任を表現するのにはliability, accountability, responsibilityの3つの言葉があります。

もっとも分かりやすいのはliabilityで、法的な責任があるということです。特に賠償などの責任があることを指しますので、「賠償責任」と言えます。わかしおの事例で言えば、法律上の賠償義務がある船主の長鋪汽船にはまさにliabilityがあり、商船三井には(裁判次第ではありますが)よほどの過失でもない限り、おそらくliabilityはないでしょう。

2番目のaccountabilityは、日本語でしばしば「説明責任(説明義務)」と訳されるように、なぜそのような行動を取ったのか、判断するのかを説明する責任(義務)です。ちなみになぜaccount(計算、勘定)という語が含まれているのかいえば、出資者から預かったお金をどう使ったか、会計を説明する責任から来ていると言われています。もちろん今では会計に留まらず、広く説明したり、報告する責任のことをいいます。これは、わかしおの事例では、何が起きたかきちんと説明する、情報開示するということです。

そして3番目のresponsibilityですが、これにはいろいろな意味があります。

日本では不祥事が起きたときにしばしば組織のトップが「責任をとって辞めます」と発言することがありますが、これは「自分が原因である」ことを認めるということでしょう。しかし、一般に企業の責任(responsibility)と言ったときに意味されることは、自分たちが「対処する職務や立場」にあることを認め、実際に行動することではないでしょうか。そして、それをきちんと実行する企業が、「期待されることや求められることを実行する企業だ」と信頼されるのです。

また、liabilityやaccountabilityはいずれもすでに起きたことに対しての責任であるのに対して、responsibilityはこれからの先の行動にも関わる責任であるという点においても異なります。

事故や問題が起きた場合、その直接的な賠償だけであればliabilityとaccountabilityで可能かもしれませんが、より広い影響への対応や、再発防止に努めることは、responsibilityと言えます。したがって、企業はどれか一つの責任だけ考えれば良いのではなく、3つの責任をすべてカバーする必要があるのです。

Q. このような企業の「責任」は、CSRやSDGsとはどう関係していますか?

CSR(Corporate Social Responsibility)は、2000年代に入って、企業の社会的責任として知られるようになった考え方です。社会的責任とは、単に法律を守るということを超えて、人的資源、環境、ステークホルダーとの関係にもっと投資するということ*を意味しますが、日本ではCSR=社会貢献のように矮小化して捉える人が多かったのは残念です。本来のCSRは、社会からの期待に応えるという意味でのresponsibility、まさに社会的な意味での責任なのです。

投資家も社会的な責任を果たすべきであるという社会的責任投資論も拡大しています。2006年には国連が6項目からなる「責任投資原則(PRI : Principles for Responsible Investment)」を発表しました。PRIは、機関投資家がESG課題を考慮して投資を行うことが社会的責任であり、同時にそれは投資リスクマネジメントにもなるとしています。

最近は日本でも国連のSDGs(持続可能な開発目標)が注目されています。SDGsとは、2030年に世界で持続可能な社会を実現するための具体的な17の目標で、各国政府だけでなく、企業や様々な組織が参画して、問題解決を目指しています。参画する企業は、単なる社会貢献ではなく、事業を通して社会問題への解決策を提供することが求められます。

しかし、SDGsは免罪符になりやすい、というリスクもあります。貢献していますよ、というだけで「いい会社」として他のことから目をそらせることもできてしまうからです。

そのためには、企業として、自分たちの専門性を活かすとどのように、そしてどこまで問題解決に役立てそうか考え、具体的な目標を立てて、参画すべきでしょう。

SDGsの視点で見れば、商船三井は、脆弱な海は通らない、規制されていない水域でも環境を汚染する度合いの高いC重油は使わないなど、積極的な方針を打ち出すことができるのではないでしょうか。そのような行動をとってこそ、事故から学んだ、ということが伝わるのではないかと思います。

Q. モーリシャスでの事故を通して、企業の責任の取り方が変わる可能性はありますか?

現在の企業責任を考える上で重要な契機になったのも、実は石油流出事故でした。

1989年3月、エクソン社の石油タンカー、バルディーズ号はアラスカのプリンス・ウィリアム湾で座礁し、4,200万リットルの原油が流出し、史上最大級の海洋汚染事故となりました。

海鳥数十万羽をはじめ、ラッコ3千頭、魚への影響は測り知れません。この影響で、水産物で生計を立てていた先住民族の経済は破綻し、アラスカの水産業も大きな被害を受けました。

この事故をきっかけに、大規模油流出事故に対応するための国際条約*が採択されたり、環境被害額を推定する環境経済学の手法が発達しました。さらにはアメリカで環境保護グループと投資家の連合組織CERES(セリーズ)が結成され、企業が環境問題に対してなすべきこととして、10項目からなる「バルディーズ原則」(その後、セリーズ原則と改称)が発表されたのです。法的な責任を超えて、企業が環境を守るために自発的に行うべき「責任」が最初に示された文書と言っていいでしょう。その後、より詳細なガイドラインが作られるようになり、今では日本も含めて多くの国で企業に利用されています。

また、不幸なことにその後、2010年4月にはメキシコメキシコ湾沖合80 km、水深1,500mの地点で海底油田を掘削中だったBP社の石油掘削施設ディープウォーター・ホライズンで事故が発生し、約78万キロリットルもの原油が流出する大事故が起きました。バルディーズ号をはるかにしのぐ規模で、被害規模は数百億ドルと言われています。BP社は総額460億ドルの賠償することになり(これには民間への支払いは含まれていません)、同社の資産や株価は大きく損なわれました。同社はもちろん、投資家もツケを払わされたのです。これは投資家にも、投資の責任を深く認識させる事例になりました。

モーリシャス事故では、モーリシャスに貢献するために財団を立ち上げたのは、大きな進歩だと思います。しかし、地域社会の支援活動は、地域からの評判を上げる一方で、海の環境や人々の暮らしを取り戻すための現状復帰への責任からの目眩ましにもみえてしまいます。

被害を受けた海や人々の暮らしの原状回復を目指すよう、長鋪汽船と一緒に取り組むという姿勢が重要です。

船をチャーターした商船三井も、社会的責任を負う。

Q. 気候変動や社会格差が拡大する今の社会で、企業がこれから負っていく責任とはなんでしょうか?

個人的なことをお話させていただくと、私は2006年にレスポンスアビリティという会社を作りました。企業には社会的責任があるのはもちろんですが、だからそれを義務的に行えばいいということではなく、すべての企業には潜在的に大きな能力があるはずです。なので、環境や社会の課題に対してその能力を最大限に活かして反応することで、問題を解決し、そしてより良い貢献ができる、と思うのです。企業が本来持っているそうした反応(response)する能力(ability)引き出すことをお手伝いしたいと思い、レスポンスアビリティという名前をつけました。

企業の責任の範囲や内容が進化し、一見、企業にとっての負担が増えるように見えるかもしれません。しかしそれは、それだけ企業に能力があるからであり、その能力を生かせば企業自身がもっとも発展し、さらに可能性が高まっていくということに他なりません。

モーリシャスの燃料流出事故は取り返しのつかない悲劇ですが、これがきっかけになり、将来にわたって環境と社会の課題に解決策を提供していくよう、企業と私たちの姿勢がより進化することを期待しています。

足立直樹さんによるブリーフィングペーパー「いま企業に求められる責任とは何か?〜わかしお燃料流出事故を例に考える〜」はこちらからお読みいただけます。