諏訪湖の「御渡り」はなぜ近年見られなくなったのか
この投稿を読むとわかること
信州一の大きさを誇る諏訪湖では、冬になると湖面が厚く結氷し、氷の亀裂が長くせりあがる「御渡(みわた)り、御神渡(おみわた)り」と呼ばれる自然現象が毎年のように起きていました。神様が通ったあととして知られ、その昔は人の背丈ほどの隆起ができていたというこの御渡り、近年発生が激減し、2018年を最後に起きていません。2024年も年明け1月6日より観測が始まっていますが、大寒となる20日時点で、厚さが1センチを超える結氷は見られていないといいます。御渡りの神事を司る八劔(やつるぎ)神社の宮坂宮司に話を聞きました。
自然の神秘、諏訪湖の御渡り
JR上諏訪駅を降り、国道に沿って北東に10分ほど歩いて、南西に入ると、生活道路に面して温泉の手水、石畳の参道と、美しい石の鳥居が見えてきます。
「諏訪は内陸性の気候で、とても寒いところです。冬はマイナス10度の日が3日続くと、周囲16キロの諏訪湖は、ほぼ全面結氷するんですよ」。長野県諏訪市にある八劔神社、宮坂清(みやさかきよし)宮司はそう話します。
手入れの行き届いた境内は、空気がぴんと澄んだように感じられます。
「さらに寒波が来ると、結氷した湖面の亀裂が盛り上がって、対岸に向かって走っていくーー。冬の諏訪湖の姿はこれが当たり前だったんです。最近はなかなか見られなくなりました」
御渡り。
完全に結氷した湖面に亀裂ができ、やがて大きく隆起した氷脈が龍が這ったように蛇行して走る自然現象の呼称です。本州では諏訪湖にだけ現れるこの壮大な現象は、神様の通ったあとといわれ、全国に知られています。
古文書が示す御渡りの激減
驚くことに、八劔神社には、江戸中期1683年から現在までの御渡りの記録が残されています。古文書を私たちの目前で紐解いてくださる宮坂宮司の手つきは、うやうやしく柔らかいものでした。
「御渡りがあらわれなかったことを『明けの海』、海が開いていると表現する。580年間分を50年ごとに区切って明けの海の回数をグラフにしたんです」
宮坂宮司は古文書を読み解いて、明けの海の回数をデータへと起こしました。1451年から1950年までは、だいたい10年に一度ぐらいが明けの海だったといいます。ところが、1951年から2000年までの50年間では、22回の明けの海が記録されています。そして、2001年からは23年の間で、すでに16回もの年が明けの海でした。
古くから人々が紡ぎ、八劔神社に残された記録には、御渡り、明けの海の記録とともに、農作物の作柄、米の値段、気候や自然災害などについても記されています。日本のみならず世界中の研究者から注目されている貴重な記録です。
気候の変化が昔ながらの景色を変えている
「『本年度は明けの海につき、御渡り御座なく候』。最初にそう書いた人、『(御渡りが)なかったこと』を書いた人の意識はすごいと思うんです。なかったということの意味の深いことーー」
かつては毎年のようにみられていた御渡りですが、主に気温に起因する条件が揃わず、近年は発生が激減しています。昔と比べた時の変化は、御渡りの起こりにくさだけではありません。
昭和45年頃までは当たり前だったというアイススケートを楽しむ人々の姿も、今は見られなくなりました。大正6年には冬の湖面で航空機の離着陸訓練が行われていたという諏訪湖ですが、現在は氷の厚さが十分にならないため、結氷していても足を踏み入れないよう注意喚起がなされています。
1ヶ月に渡る真冬の湖観測
「1ヶ月間湖岸に通って、水鼻を垂らしながら氷の観察をしています。だんだんと亀裂と盛り上がりができてくるとね、非常に嬉しくて、ほっとするんです」
年明け早々の小寒から節分までの真冬の約ひと月間、宮司は氏子総代らとともに、まだ夜闇の残る早朝の湖岸へと通います。数日に一度程度だった観測でしたが、明けの海が続くようになってからは、「居ても立ってもいられない」気持ちで、毎日になったといいます。
関心を寄せる人が、気温や水温を観測する宮司らのもとを訪れることも増えてきました。地元の人々は感謝と応援の思いで観測におもむく宮司らに温かい飲み物などを差し入れます。
2024年も年明け1月6日より観測が始まっていますが、大寒となる20日時点で、厚さが1センチを超える結氷は見られていません。
「御渡りできるに越したことはないですが、こればかりは自然に従うしかない」
御渡りがあらわれた年には、宮坂宮司や氏子総代によって諏訪湖の氷上で拝観の神事が執り行われます。市の無形民俗文化財に指定されているこの神事が最後に行われたのは2018年のことです。
人々とともにある諏訪湖、御渡りの文化
宮坂宮司は氷が厚く張ることを心待ちにしながらも、薄氷が割れてぶつかりあう音を「可愛らしい」と語ります。波しぶきが足元に降り、瞬時に凍りつく様子「しぶき着氷」を発見したことを教えてくれました。日の出の暖かさに感謝し、太陽に手をあわせ、観測に集うようになった人たちと多くのことを語り合うコミュニケーションから、諏訪湖岸に打ち寄せられるゴミを拾おうという人々も現れたそうです。
取材のために上諏訪駅を訪れたグリーンピースの撮影班。駅に降りてすぐに、宮司の謙虚で温かい人柄が、地元の人びとに御渡りとともに慕われていることを感じていました。八劔神社を訪れることを話すと、駅の売店の店員さんがどこか誇らしげに「とっても素敵な宮司さんがいるの」と話してくれました。
「それぞれの地域には風土から生まれた文化、気候に対する見方、自然への受け止め方があり、諏訪はそれが御渡りであると思います」
映像作品「御渡り/MIWATARI」
グリーンピースは、御渡りについて描いた映像作品「御渡り/MIWATARI」をアートで感じる展覧会「HELP展」に出展しました。
「御渡り/MIWATARI」はタイで開催される映画祭「Changing Climate, Changing Lives Film Festival」のドキュメンタリー部門に正式出品されることが決定しています。
宮坂宮司らによる御渡りの神事が行われる次の冬の訪れはいつになるのでしょうか。私たちにできることは、ただ待つことだけではありません。気候危機を食い止めるための日々の選択が、諏訪湖で待ち望まれている御渡りとも繋がっています。
CO2の排出量を減らし、自然エネルギーへの切り替えを推進し、脱炭素社会を実現するための最初の一歩を一緒に踏み出しましょう。