地域が動かす脱炭素の未来、「市民が選ぶ!カーボンゼローカル大賞」受賞7自治体の挑戦(2)ーー「市民実感賞」「審査員特別賞」受賞自治体の事例
前回記事「地域が動かす脱炭素の未来、「市民が選ぶ!カーボンゼローカル大賞」受賞7自治体の挑戦(1)ーー「パートナーシップ賞」受賞自治体の事例」はこちら
生活への効果を市民が実感「市民実感賞」、独自性と長期的視点が光る「審査員特別賞」
住民の生活実感に根ざしたインパクトが大きい事例を評価する「市民実感賞」は、東京都世田谷区が受賞しました。また部門の枠にとらわれず、特に独自性や地域への貢献度が評価された事例を評価する「審査員特別賞」には、高知県黒潮町が選ばれました。
「市民実感賞」
①東京都世田谷区ーー「暑さから子供を守る」が出発点、区が示す脱炭素への現場起点モデル
世田谷区では、学校施設における教育環境向上のため、全ての区立小中学校の教室および体育館にエアコンを設置しています。しかし、ここ数年の異常な暑さには空調だけでは対応しきれず、特に体育館では十分に空調が効かないために、体調を崩す児童・生徒が増加するなど、学校現場からの危機感が高まっていました。こうした声を受け、学校現場と行政が連携し、児童と生徒の健康を守るという危機感から、学校施設の暑熱対策を進めてきました。

まず同区が取り組んだのは、大掛かりな投資ではなく、数多くある遮熱対策を比較して検討する「小中学校暑熱対策手法等検討」です。より効果的な対策を実施するために、遮熱カーテンや輻射熱反射シート、ガラスコーティングなど、最新手法を含む遮熱対策の比較検討を行い、効率的かつ効果的な対策を進めました。体育館については、構造やサイズの違いが大きいことから、タイプ別の分類や空調能力の検証も行いました。
実際の断熱効果を可視化するため、校舎の天井と窓からの熱の影響を検証する実証実験も実施。断熱対策をしていない教室と、天井断熱のみの教室、天井断熱と窓の二重サッシを施した教室の3教室の温室分析やサーモカメラを使った撮影を行い、断熱の重要性を認識しました。体育館においては、空調効果の範囲と断熱材の設置の有無によって、効果が大きく変わることが判明し、この結果をもとに適切な能力の空調設備の増設を行い、令和9年度末までに全校の対策が完了する予定です。

同区の取り組みの出発点は「脱炭素施策を進める」ことではなく、「学校現場(生徒と教職員の健康)を暑さから守る」という現場の切実な課題でした。しかし、対策を進める過程で地元工務店を巻き込んだ学校断熱ワークショップや温暖化授業、普通教室でのサーモ撮影の実施など、児童生徒や保護者を含む地域の人々が一体となった取り組みへと発展しました。暑熱対策が単なる施設改善にとどまらず、生活に根ざした形への脱炭素意識の向上へとつながった好事例として評価された世田谷区のこうした取り組みは、「暑さに強い学校づくり」を始めたい自治体にとって、最初の一歩のモデルになっています。

②高知県黒潮町ーー小規模自治体を強みに、防災対策と脱炭素施策を両輪で進める
高知県南西部に位置する高知県黒潮町は、近い将来発生すると言われている南海トラフ巨大地震で、日本一高い津波が到達すると想定されている地域の一つです。人口約1万人という小規模な自治体でありながら、2021年に地球温暖化対策実行計画を策定し、「2030年までに2013年比で60%削減」という国の削減目標を上回る野心的な目標を掲げました。

その取り組みのきっかけとなったのは、同年6月のゼロカーボンシティ宣言です。町は、脱炭素の推進を「地域のレジリエンスを高め、災害に備えるための基盤」と位置づけ、街全体で取り組みを進めています。

黒潮町が重要視する「脱炭素3つの柱」
バケツに空いた穴を塞ぐ:まずは省エネ、そして再エネ
黒潮町は、エネルギー効率の悪い設備や断熱性の低い建築物を改善する「省エネ」を再エネ導入よりも高い位置に位置付けています。「穴の空いたバケツに水を入れてもたまらない」という考え方で、基盤となる建物や設備の性能を上げてから再エネを導入することを徹底しています。時間と費用はかかるものの、この順序が住民の理解と共感を得るうえで重要だと考えています。
小規模自治体の強みを活かした「顔の見える対話」
黒潮町の脱炭素政策の一番の特徴は、住民一人ひとりと丁寧に向き合う姿勢です。地震・津波対策における「戸別津波避難カルテ」を住民一人一人の家庭訪問を行って作成した経験を活かし、脱炭素対策でも「脱炭素カルテ」を作成。すでに町内全域を訪問しています。訪問開始直後は、警戒心が強い住民もいましたが、丁寧なコミュニケーションを積み重ねることで、信頼関係を構築。トップダウンではなく、住民とともに進める「参加型の脱炭素」を実現しています。住民の生活実感に寄り添いながら温暖化の危機意識を共有することで、行動変容への手応えも生まれています。

産業・観光・防災・福祉ーーすべての行政施策に「脱炭素」の視点を
町では、脱炭素を特定の事業テーマにとどめず、町のあらゆる政策と関連づけています。産業、観光、防災、福祉といった分野で、常に「脱炭素」の観点を入れることで、再エネポテンシャルを最大化するとともに、地域に根ざした持続可能なまちづくりを進めています。防災の観点からは、津波避難タワーに太陽光発電を導入し、災害時の環境整備の取り組みを進めています(注1)。

黒潮町は「巨大津波に備える防災の町」であると同時に、「最先端の脱炭素の町」でもあります。小規模自治体という特徴を活かし、住民との密な関係構築と、災害に強い地域を作るためにエネルギーのあり方を見直すという実践的なレジリエンスの発想があります。
世田谷区と黒潮町に共通するのは、試行錯誤を繰り返しながら、現場の検証を通じて政策を組み立てている点です。世田谷区は実証実験や効果の可視化を通じて納得感を積み重ね、黒潮町は戸別訪問という時間のかかる方法で信頼関係を築いてきました。脱炭素を「一緒につくる」プロセスとして位置づけたことが、住民の行動変容につながっています。
(注1)NHK「高知 黒潮町 津波避難タワーに太陽光発電導入 暑さ対策など」(2025年8月21日)