前回記事「地域が動かす脱炭素の未来、『市民が選ぶ!カーボンゼローカル大賞』受賞7自治体の挑戦(2)ーー『市民実感賞』『審査員特別賞』受賞自治体の事例」はこちら

制度的・組織的なハードルを乗り越えた取り組み「突破力賞」

「突破力賞」は、東京都と鳥取県が受賞し、両自治体は大賞にも選ばれました。東京都は、太陽光発電への逆風が強まる中でも、全国に先駆けて「屋根置き太陽光発電設備の設置義務化」を実施した点が高く評価されました。鳥取県は、国基準を上回る独自の断熱基準の策定に加え、地元工務店向け研修の実施や、住宅の質を正当に評価する仕組み「T-HAS」を整備するなど、独自の制度づくりが評価されました。

①鳥取県ーー「県民の健康保護」の観点から、独自の健康省エネ住宅基準を策定

建物部門が二酸化炭素排出の約3割を占める日本では(注1)、住宅の断熱は脱炭素に不可欠であり、2025年4月からはすべての新築住宅に省エネ基準(断熱基準を含む)への適合が義務づけられました(注2)。一方で、日本では「省エネ=我慢」という認識が根強く、十分な断熱が進んでこなかった地域で、冬季の死亡率が高くなる傾向も指摘されています。鳥取県も全国的にみて高い死亡率となっていました。

動画:「とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』」より
動画:「とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』」より

NE-STのカバー力と使いやすさ、「体感して納得」できる設計が普及を後押し

こうした状況を踏まえ、鳥取県は住民の健康を守ることを最優先に、2020年に独自の省エネ住宅基準「NE-ST」を策定しました。NE-STは、国の基準を上回る3段階の断熱・気密性能により、県が認定する仕組みです。室内環境の改善による健康効果に加え、結露や劣化を防ぎ、建物の長寿命化にも寄与します。

また補助制度についても、十分な予算措置に加え年中いつでも申請できるなど、事業者が施主に提案しやすい仕組みが普及をさらに促進。これにより、新築木造戸建住宅に占めるNE-ST性能を確保した住宅の割合は、制度開始時の2020年の14%から、2024年には約50%にまで増加しました。

実際のNE-ST住宅の内部の様子(鳥取県提供)
実際のNE-ST住宅の内部の様子(鳥取県提供)

県は、数字や基準を示すだけではなく、住民自身が「暖かい家の価値」を実感できる機会を積極的に作ってきました。誰でも利用できる断熱体感ハウスで県民が住宅性能の違いを理解できる環境を整え、導入につなげました。

NE-ST基準の断熱効果を実感できる「断熱体感ハウス」(鳥取県提供)
NE-ST基準の断熱効果を実感できる「断熱体感ハウス」(鳥取県提供)

既存改修や賃貸住宅へ、取り組みをさらに拡大

新築に加え、既存住宅の断熱改修にも取り組みを広げています。住まい全体の改修が難しい場合でも、生活空間に限定したゾーン改修など、負担の少ない改善方法を提示しており、高齢化率の高い地域に適した現実的なアプローチが特徴的です。また、住宅性能を正しく評価する独自の評価システム「T-HAS」も整備。築年数だけで住宅価値を判断する従来の慣行を見直し、性能に基づいて住宅の価値を可視化しています。

鳥取県のこれらの取り組みは、単に省エネ・断熱の推進にとどまらず、「住民の健康」「住宅の価値」「事業者の信頼」の向上につながっています。

②東京都ーー「建物が多い都市」で実現する、対話型・実装型の脱炭素ルールの策定

日本の首都・東京における二酸化炭素排出量は、業務部門が約4割、家庭部門が約3割を占めており、7割超が建物でのエネルギー使用に由来するという特徴があります。排出の大半を建物が占める東京にとって、建物対策は喫緊の課題でした。

建築物環境報告制度の「太陽光の設置義務化」についてお話しする山口さん
建築物環境報告制度の「太陽光の設置義務化」についてお話しする山口さん

一方、2050年までに都内の建物の約半数(住宅では約7割)が建て替え時期を迎えると見込まれています。これを踏まえ、都は将来の姿を形づくる新築建物への省エネ・再エネ導入を進めることが、脱炭素化の実現に極めて重要だと考えました。

「建物が多い東京」を最大の強みに、丁寧な対話で制度を「共につくる」姿勢

太陽光発電設備の導入量自体は増えているものの、都内の建物総数のうち太陽光発電設備が設置されているのは約4%にとどまります(注3)。都はこの状況を「大きな可能性」とし、家庭部門に踏み込み、太陽光発電と断熱・省エネ性能の確保を一体で進めることを目指しました。

制度の中核は、大手ハウスメーカーに対する義務付けです。住宅の敷地が狭く、建物が密集している東京都の特性を踏まえ、新築住宅一棟ごとに太陽光パネルの設置を一律に義務づける方式は採用していません。屋根面積が小さい住宅は算定対象から除外するとともに、事業者が当該年度に供給した住宅数に応じて、全体として一定量の太陽光発電設備を設置する、事業者単位の総量により柔軟に義務履行できる仕組みを導入しています。

制度設計から運用へーー対話を軸にした実装プロセス

制度設計と並行して、東京都は大手ハウスメーカー約50社を対象に、制度施行後も含め、これまで8回にわたり直接訪問し、説明や意見交換を重ねてきました。東京都の山口さんは「新しい制度ということもあり、最初はさまざまな受け止め方があった」と振り返りますが、徐々に事業者側の理解と協力が広がり、対話を通じて制度運用上の課題や要望を共有できる関係性が築かれました。

さらに表彰制度「東京エコビルダーズアワード」による表彰や、相談窓口・情報ポータルサイトの整備を通じて、業界と都民双方の理解と参加を積極的に促しています。現場と地域特性の実情を踏まえた柔軟な制度運用と、関係者との丁寧な関係構築が、東京都の強みです。

東京エコビルダーズアワード2025年度表彰式の様子(東京都提供)
東京エコビルダーズアワード2025年度表彰式の様子(東京都提供)

突破力賞および大賞を受賞した鳥取県と東京都は、国の基準や既存の慣行にとらわれず、地域特性を踏まえた独自のルールを策定しました。脱炭素を単独の環境政策にとどめず、健康や住宅の価値、都市構造などと結びつけた点に、広域自治体ならではの役割が表れています。審査員を務めた東京大学大学院の前真之准教授は「多方面から寄せられる意見を踏まえつつ制度を設計し、それを現場で機能する仕組みとして着実に実行している点が際立っている」と評価していました。

自治体だからこそできる「生活起点の脱炭素」の取り組みは、今後さらに重要に

カーボンゼローカル大賞で受賞した自治体の取り組みは、必ずしも「脱炭素」を目的に始まったものではありません。防災、健康、地域経済など、暮らしの現場が抱える課題に向き合う中で、その解決策として「脱炭素」に行き着いた取り組みです。気候変動が私たちの生活に直接的な影響を及ぼす時代において、脱炭素を理念や目標として掲げるだけでは、社会は動きません。地域の特性を熟知し、住民と近い距離で課題解決に取り組む自治体発の実践の重要性は、今後さらに高まっていくでしょう。カーボンゼローカル賞は、今後も各地で生まれている自治体の実践をつなぎ、横展開を後押ししていきます。

(注1)Climate Action Tracker, Japan – Policies & Action https://climateactiontracker.org/countries/japan/policies-action/(2024年11月)

(注2)国土交通省「建築基本法・建築物基本省エネ法 改正法制度説明資料」(2024年9月)


(注3)東京都環境局「東京都太陽光現況調査」(2021年度公表)