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ホルムズ海峡封鎖が突きつけた日本のエネルギー安全保障の問題。今回の危機での政府の対応はなぜ「ボタンの掛け違い」なのか。そして、かつてのオイルショックから学ぶべき教訓とは──。

長年、政府の審議会などで委員を務め、第一人者としてエネルギー政策の提言を行ってきた橘川武郎氏。グリーンピースは同氏を招いて「止まらない物価高とエネルギー危機」と題した講演を5月26日にオンラインで開催しました。同氏による講演の内容を2回にわたってお伝えします。

講師:橘川 武郎(きっかわ たけお)さん
国際大学学長
東京大学・一橋大学名誉教授

エネルギー政策、産業政策、経営史を専門とし、日本のエネルギー産業や電力システム改革、再生可能エネルギー政策などについて幅広く研究・提言を行っている。
日本のエネルギー政策をめぐる制度的課題や産業構造、脱炭素社会への移行に関する議論に精通し、政府審議会等でも多くの知見を提供してきたエネルギー政策研究の第一人者。

ホルムズ海峡危機が「ナフサショック」である理由

いま一番の関心事になっているのは、ホルムズ海峡の問題です。日本で消費される化石燃料がどれくらいの比率でホルムズ海峡を通ってくるか。石油の「ホルムズ海峡依存度」は約90%に達しており、一方で天然ガス(LNG)は約6%、LPガス(プロパンガス)は約4%に留まっています。エネルギーごとに非常に大きな違いがあるのです。

エネルギー源ホルムズ海峡依存度ホルムズ海峡依存度
石油(原油)約90%依然として中東依存が極めて高い
天然ガス(LNG)約6%調達先の多角化(オーストラリア等)
LPガス(プロパンガス)約4%福島第一原発事故後の構造改革で激減

注目したいのがLPガスです。2011年に福島第一原発事故が起きた当時、LPガスのホルムズ海峡依存度は、なんと87%でした。それが4%まで激減したのは、米国で起きた「シェール革命」が最大の原因で、調達先を中東から米国に切り替えたからです。

米国はいまやサウジアラビアを抜く世界最大の産油国となりました。ただ、石油は自国内での消費量が莫大なため、日本へ回す輸出余力はほぼありません。天然ガスも同様です。そのため、天然ガスは米国ではなく、オーストラリアなど他国からの輸入を増やして中東依存度を下げました。

◾️日本の化石燃料輸入先

(図:資源エネルギー庁「エネこれ」より転載)

石油は、ホルムズ海峡依存度が約9割に上りますが、国家や民間の備蓄制度があるため、それがいまのところ大きなクッションの役割を果たしています。問題は、プラスチックなど化学製品の原料となるナフサで、やはり中東依存度が高いのです。

しかも、日本はナフサの備蓄制度を1993年に廃止しています。ここが石油との大きな違いで、いま起きていることはオイルショックというより、むしろ「ナフサショック」とも言える状況で緊張が高まっているわけです。

「天然ガスは備蓄できない」の神話

一方、依存度が6%に過ぎない天然ガス(LNG)も安心はできません。日本は天然ガスを備蓄していないからです。これまで業界では「LNGは零下162℃で液化して運ぶため、温度上昇による気化が避けられず、備蓄できない」と言われてきました。しかし、これは正確ではありません。液体の維持が難しいなら、気体(ガス体)で備蓄すればいいのです。

実際、欧州諸国はウクライナ危機のあと、ロシア産天然ガスが途絶えたため、LNGに切り替えると同時に、岩塩を掘った穴などを利用し、気体の天然ガス備蓄を進めて対応しました。

日本にも新潟県などにガス田の穴があり、2016年に私が座長を務めた政府の審議会でも、輸入LNGを気体備蓄する案が真剣に検討されました。しかし、普段は競合している都市ガス業界と電力業界が、「自分たちの利益に反する」と手を組んで反対したため、今日に至るまで天然ガスの備蓄制度ができていない状況です。

今回イランの反撃によって、世界最大級のLNG輸出拠点であるカタールのラスラファン基地が被害を受け、復旧には数年を要すると言われています。備蓄というのは補うだけでなく、価格を下げる効果もあるため、備蓄のない日本では今後LNG価格が上がっていくと見られます。

一方で、LPガスは国が愛媛県波方町や岡山県倉敷市に地下の備蓄基地を建設し、十分に備蓄しています。つまり、天然ガスも同じように気体のまま備蓄が可能ということです。事態が落ち着いたら、ナフサおよび天然ガスの備蓄制度の導入は避けて通れない課題でしょう。

高市政権の危機対応は「ボタンの掛け違い」

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さて、高市政権がホルムズ海峡危機に対して取った政策については、率直に申し上げて「ボタンの掛け違い」だと思います。政権が真っ先に行ったのは、ガソリン価格を170円以下に抑え込むための補助金投入でした。この対応は市場に向けて「これまで通り使っていいよ」というメッセージを送るのに等しい。諸外国がまず石油の消費をどう抑制するかという対策から始めたのとは対照的です。ナフサ問題でも「大丈夫だよ」という発信を続けています。

しかし危機は起きており、これをきっかけにエネルギー構造を根本から変えていかなければならない。その機運を削いでしまっているわけです。そこがボタンの掛け違いであり、非常に問題だと思います。

第1次オイルショックの教訓と、日本が発揮した技術力

過去の危機ではどう対応したのでしょうか。いまから50年以上前、第1次オイルショックが起きた1973年には、日本の全電源の8割近くが石油火力でした。一次エネルギーの大部分を占める石油が不足したことで、深夜のテレビ放送は全部止まり、夜の街のネオンも消えました。

今回はそういうことが起きていません。現在は石油火力の比率が約7%、一次エネルギーに占める石油比率も約35%まで下がっています(2024年度)。日本はここまで努力して、「脱石油」と「省エネ」を進めてきたのです。

◾️日本の一次エネルギー供給構成の推移

(図:資源エネルギー庁「エネこれ」より転載)

では石油火力を何に代えてきたのか。選択肢となったのが、①原子力、②液化天然ガス(LNG)火力、③海外炭火力の3つでした。原子力は海外からの借り物技術ですが、思い出してほしいのが、LNG火力と海外炭火力が日本の発明だったということです。

天然ガスは、かつてパイプラインでしか運べないと思われていました。しかし、公害対策や都市ガス需要に対応するため、東京ガスと東京電力が手を組んで、アラスカからはるばる零下162℃まで冷やして船で運ぶ、LNG供給システムをつくりました*

それを用いて1970年には、東京電力が南横浜で人類初のLNG専焼火力の運転を開始しました。石油危機が起きた際、日本を国難から救ったのはLNG火力の選択肢を持っていたからだと言えます。

また、石炭は水分を多く含んで重いので、貿易に不向きとされていました。ところがJ-POWER(電源開発)が1981年、長崎県の松島でオーストラリア産の石炭を用いて、世界初の大規模な海外炭火力を実現しました。

さらに石油備蓄については、第1次オイルショック直後の1975年に備蓄法ができて、現在の姿になった。そして何より「省エネ」が進んだのも、このオイルショック後だったわけです。まさに危機が起きた時には、エネルギーの構造改革が求められるのです。

2022年のウクライナ危機、そして2026年のイラン危機でも、やはり構造改革が求められています。構造改革のポイントは、現状わずか15%に留まっているエネルギー自給率を向上させることです。そのための打ち手は3つ──「省エネ」「再生可能エネルギー」「原子力」しかありません。

◾️続きはこちら:【専門家解説】日本が描く脱炭素戦略の実像は?「GX」と「第7次エネルギー基本計画」を読み解く

※本記事における橘川氏のエネルギー政策に関する見解は、グリーンピースの見解と必ずしも一致するものではありません。