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国のエネルギー政策は、地球温暖化を抑えるためだけでなく、私たちの生活の安定にも直結する重要なものです。その根幹をなすのが、「GX(グリーントランスフォーメーション)」と「エネルギー基本計画」。2050年のカーボンニュートラル実現に向けた官民投資の羅針盤とされています。

政府審議会の委員として政策決定の現場に長年関わってきた橘川武郎氏(国際大学学長)が、これらの政策の深層を読み解き、日本の脱炭素の行方と見落とされている「落とし穴」について解説します。

講師:橘川 武郎(きっかわ たけお)さん
国際大学学長
東京大学・一橋大学名誉教授

エネルギー政策、産業政策、経営史を専門とし、日本のエネルギー産業や電力システム改革、再生可能エネルギー政策などについて幅広く研究・提言を行っている。
日本のエネルギー政策をめぐる制度的課題や産業構造、脱炭素社会への移行に関する議論に精通し、政府審議会等でも多くの知見を提供してきたエネルギー政策研究の第一人者。

「GX」投資から見えてくる政府の本音

日本のエネルギー政策には、大元となる2つのキーワードがあります。一つは2023年に岸田政権が閣議決定したGX(グリーントランスフォーメーション)の基本方針、もう一つは2025年に石破政権下で策定された第7次エネルギー基本計画です。

まずGXとは何か。これは、二酸化炭素(CO₂)をはじめとする温室効果ガスの排出量を削減するための取り組みと言えます。それに対し、日本が2050年までに目指している「カーボンニュートラル」は、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることです。排出をなくすという意味ではありません。人間や動物が生きている限り、呼吸すれば二酸化炭素が出るので、排出量と同じくらい吸収・回収量を引き上げ、増やさないようにするということです。

さて、GXは具体的には、政府が20兆円の国債を発行して企業や自治体に補助金を回し、それをきっかけに130兆円の民間投資を呼び込んで、10年間で合計150兆円の官民投資を進めようとするものです。なかでも一番力を入れるのは、EVを中心とする自動車産業。 そして、ほぼ同じくらい重点に据えているのが再生可能エネルギーです。

GX実現に向けた基本方針(2023年2月閣議決定)

向こう10年間にGX(グリーントランスフォーメーション)に150兆円投資
──GX国債による20兆円の政府補助+130兆円の民間投資

150兆円投資の内訳(経済産業省)

  • 自動車産業:約34兆円〜
  • 再生可能エネルギー:約20兆円〜
  • 住宅・建物:約14兆円〜
  • 脱炭素目的のデジタル投資:約12兆円〜
  • 次世代ネットワーク(系統・調整力):約11兆円〜
  • 蓄電池:約7兆円〜
  • 水素・アンモニア:約7兆円〜
  • 航空機産業:約5兆円〜
  • CCS:約4兆円〜
  • 化学産業:約3兆円〜、ゼロエミッション船舶(海事産業):約3兆円〜、バイオものづくり:約3兆円〜、カーボンリサイクル燃料(SAF、合成燃料、合成メタン):約3兆円〜、鉄鋼業:3兆円
  • 資源循環産業:約2兆円〜
  • セメント産業:約1兆円〜、紙パ産業:約1兆円〜
  • 次世代革新炉:約1兆円

(橘川氏の講演資料より)

再エネは20兆円となっていますが、「次世代ネットワーク」*は再エネを拾う送電線を充実させるもので、再エネを重視していることが分かります。断熱などが遅れている「住宅・建物」は、省エネのポイントですね。それから「デジタル投資」は、あらゆる技術の方針となるもの。そして、再エネで伸びしろのある太陽光や風力は、変動電源で稼働率も低いため、バックアップとなる「蓄電池」にも力を入れます。

注目したいのは、原子力(「次世代革新炉」*)の位置づけが極めて低いということです。この投資戦略は、経産省が現実的なプランに基づいて積み上げたもので、原子力は18項目のなかで最下位です。一番少ない1兆円で、全体予算150兆円に占める割合は150分の1に過ぎない。このあたりが、原子力をリアルな目で見る際のポイントとなります。

次世代原発は「やるやる詐欺」?

発電の最終日を迎えたネッカーヴェストハイム2号原子炉の前での抗議活動に参加したグリーンピース・ドイツのボランティア。(2023年4月)

原子力については、岸田政権以降、「政府が原発回帰へ大きく舵を切った」と報じられています。確かに政府も電力会社も、新型の原発である次世代革新炉をやると表明しています。しかしこれは、きつい言葉で言えば「やるやる詐欺」であり、実際には進まないと私は見ています。理由は二つあります。

まず、次世代革新炉として最も現実的とされるのは関西電力の美浜4号機ですが、現状の試算でも最低2兆円の建設費がかかります。これほどの巨額投資を行えば、減価償却費が膨大にかさみ、関電は相当な期間にわたって電気料金を上げざるを得ません。その瞬間、すぐさま競合他社(中部電力と大阪ガス)はシェアを奪いに攻め込んできます。こうしたリスクから、関電は決断できないと思います。

ただし、たとえば政府が動いて、関電と中部電力が手を結んで美浜4号機をつくるといった動きになると、状況は変わってきます。そのあたりは今後の政府の動きを注視していく必要があります。

それからもう一つ、政府や電力業界はAIの普及によって「データセンターの電力需要が右肩上がりに伸び続ける(から原発が必要だ)」という話をします。向こう十年はそうかもしれませんが、その先は状況が大きく変わる可能性があります。NTTなどが取り組む「IOWN(アイオン:光電融合)」技術*が2030年代に実用化されれば、電気信号が光へと置き換わり、データセンターの電力消費量は劇的に減少します。電力需要が増え続けるかは不透明であり、次世代革新炉の建設ができないのではないかと思います。

原子力は直近の酷暑続きの夏にも、ウクライナやイランの危機でも、即戦力として役に立たなかったという問題もあります。東日本大震災前に54基(+建設中3基)あった国内原発のうち、現在稼働しているのは15基に過ぎず、最も多い21基がすでに廃炉を決定しています。政府は、電源構成における原子力の比率を「2030年に20〜22%」「2040年に20%」と掲げていますが、このままでは実現不可能だと考えます。

◾️国内原発の現況

(橘川氏の講演資料より)

安くなった再エネ、風力発電では失政も

原子力に頼れない以上、温室効果ガスを出さないエネルギー源の主役となるのは、再エネしかありません。いまだに「再エネは高い」と思っているのは日本だけで、コスト面でも優位です。再エネ比率が高い国々に行って理由を聞くと、CO₂削減よりも先に「再エネの方が安いからだ」という答えが返ってきます。第7次エネルギー基本計画の制定過程でも、「太陽光発電は、既存の原発よりもコストが低い」というデータが示されました。

確かに風力は、資材高騰やインフレによってコストが上がって停滞しています。しかし、海外は一通り建設を終えた後に増設が止まっているのであり、日本の場合はこれからつくろうという時にインフレが直撃しました。もっと早いタイミングで風力に手を打たなかったのは、政治の失敗です。国は価格差補填など特別な政策を講じて、洋上風力を中心に風力の支援を行うべきだと思います。

石炭火力の廃止は2040年に現実味

石炭火力発電所の外で、「気候SOS、再生可能エネルギーへ」というメッセージを掲げるグリーンピースのメンバー。(2014年3月)

今後10年ほどの再エネ移行期においては、ある程度火力や原子力を使い続けることになるでしょう。2022〜2023年には、石炭火力発電所(超々臨界圧:USC)の建設ラッシュもありました。今回のエネルギー危機でも、天然ガスや石炭が供給不足を助けたと言えます。

ちなみに、考えていただきたいのが石炭にまつわる日本の評価です。日本とドイツは、実は石炭火力への依存度がさほど変わりません。ドイツが20%台半ば、日本は約30%ですが、国際社会での評判は全く異なります。ドイツは「石炭をやめていく」良い側にあり、日本は「石炭にしがみつく悪者」としてG7のなかで孤立しています。

理由はたった一つ。ドイツは法律で「2038年までに石炭火力を全廃」と明言しているのです。一方の日本は、石炭にアンモニアを混ぜて燃やす「アンモニア混焼」技術を理由に、いつやめるかを言おうとしません。世界からは石炭延命のための言い訳としか受け取られず、信用されていないのです。

その意味で、日本政府は「2040年までに石炭火力をたたむ」と国際社会に宣言すべきです。日本の石炭火力最大手であるJERAは、2035年までに50%の石炭に対しアンモニア混焼を行うとしています。その延長で2040年までにアンモニア火力に転換し、2023年に新設された石炭火力発電所についても、15年稼働すれば(2023+15=2038年)減価償却において問題なくなる。2040年の石炭全廃は現実案だと思います。

「第7次エネルギー基本計画」にひそむ政策の後退

それでは、日本の中長期的なエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」(以下、エネ基)の注目すべき点と課題についてお話しします。

2025年2月に閣議決定した第7次エネ基は、政策をつくる過程で二つの大きな問題がありました。一つは、策定に向けた議論を行う審議会が原発推進派で占められ、意見が偏っていたことです。16人の委員のなかで、原発反対派は消費者代表のお一方だけでした。

もう一つは、2024年11月の米大統領選でトランプ氏が勝利したことを受け、いくつかの調整がなされたことです。日本はブラジルでのCOP30に向け、温室効果ガスの排出削減目標を「2035年に2013年比で60%削減」として提出しました。一見、前回より前進したように見えますが、この数値には巧妙さがひそんでいます。政府が基準とする年を、もともと言っていた「2019年比」から「2013年比」にすり替えているのです。

2013年は東日本大震災の直後ですべての原発が停止し、火力発電で代替したためCO₂を大量に排出した年でした。温室効果ガスの排出量は、その後2013〜19年の間にすでに約14%減っており、基準年を2013年に戻すことは目標の実質的な引き下げです。パリ協定の「1.5℃目標」に整合するのは、2019年比で60%削減なので、整合シナリオから外れたことを意味します。この点をメディアはほとんど指摘していません。

さらに、今回のエネ基には急遽、「技術進展シナリオ」*と称するリスクシナリオが追加されました。従来のベースシナリオでは、2040年の電源構成で再エネ4〜5割、火力3〜4割を目指すとしています。

◾️2040年度におけるエネルギー需給の見通し(ベースシナリオ)

電源構成2023年度 速報値2040年度 見通し
再生可能エネルギー22.9%4割〜5割程度
 太陽光9.8%23%〜29%程度
 風力1.1%4%〜8%程度
 水力7.6%8%〜10%程度
 地熱0.3%1~2%程度
 バイオマス4.1%5~6%程度
原子力8.5%2割程度
火力68.6%3割〜4割程度
※資源エネルギー庁による資料「再生可能エネルギーの主力電源化について」(2025年11月12日)より抜粋


しかし、リスクシナリオになると、再エネの2040年目標が35%に引き下げられ、火力は45%へ引き上げられています。前回の第6次エネ基で、2030年の見通しとしていた再エネ比率36〜38%よりも、10年先である2040年目標(35%)の方が低いという後退シナリオとなっているのです。

これが問題なのは、国内の電力各社が「リスクシナリオこそ本命だ」と受け止め、一斉に火力発電の新設を表明するなど行動を合わせていることです。

原発の未来を冷静な目で見る

東電福島第一原発(2023年1月)

さて、第7次エネルギー基本計画には「原発の最大限活用」という文言が入り、原発回帰が起きたことは間違いありません。ただ、ここで示されている原発は、次世代炉です。次世代炉の運転開始には、少なくとも20年かかります。つまり2045年以降の問題です。この第7次エネ基は2040年についての計画であるため、そこへ次世代炉が含まれていること自体、一種のトリックなのです。

歴代のエネ基で立てた、再エネと原子力の見通しを比べてみます。メディアではあまり語られていませんが、再エネを主力電源とし、原子力は事実上、副次電源となる方針は明確です。数字を冷徹な目で見れば、原子力発電は2040年以降もあまり役に立たない電源とされているのです。

◾️エネルギー基本計画が示す電源構成比の移り変わり

エネルギー基本計画対象年度再エネの見通し原子力の見通し
第5次(2018年)2030年22〜24%(原子力を初めて上回る)20〜22%
第6次(2021年)2030年36〜38%20〜22%(据え置き)
第7次(2026年)2040年4〜5割2割(据え置き)

エネルギー価格には「環境価値」が付加される

一方で、第7次エネ基で非常に重視されたのが天然ガスです。天然ガスは「カーボンニュートラル実現後も重要なエネルギー源である」(p.53)と記されています。これまで政府も業界も、化石燃料である天然ガスは2050年以降使えないと考えていました。それを使い続ける方針に覆したのは大きな政策転換です。一見、脱炭素から低炭素に後退したと言えるかもしれません。

しかし、「カーボンニュートラル実現後」とあるので、その旗を下ろしたわけではないようです。天然ガスの使用で排出するCO₂を分離・回収して、地中に埋める「CCS」*や、化学原料として再利用する「CCU」*、大気から直接CO₂を回収する「DAC」などの技術、そして植林でオフセット(差し引きゼロ)していくのだと解釈することもできます。

その証拠として経産省の資料(p.20)*には、2040年度における電力1kWhあたりのCO₂排出量が、全電源平均で0.00〜0.04kg、火力平均で0.08〜0.20 kgと想定されています。現状では、たとえば石炭火力の平均が0.94 kgに達しますが、政府は今後ここまで下げると言っているのですから、これらの目標値をもとに自治体などに働きかけていくというような道が開けています。

当然ながら、こうした低水準の排出を達成するにはコストがかかります。日本でも、企業のCO₂排出量に価格付けを行うカーボンプライシング*(炭素税、排出量取引など)が導入される予定ですが、いま予想されている炭素価格(CO₂1トンあたり3,000〜5,000円)では到底足りません。欧州で議論されているCO₂ 1トンあたり2万円程度の水準にならなければ、目標を実現できないでしょう。これからの時代はエネルギーに環境価値をプラスするわけですから、エネルギー価格を下げることは困難だと思います。

政府によるカーボンニュートラル方針「3つの落とし穴」

さて、ここまで政府によるカーボンニュートラルへの道筋を紹介してきました。施策自体は良いものだと思いますが、3つばかり落とし穴があります。

  1. 需要からのアプローチに欠ける
  2. セクターカップリングの視点に欠ける
    • 「電力」と「非電力」の分離
    • →熱電併給(CHP: Combined Heat and Power)の観点の欠落
  3. 「地域」の重要性に目を向けていない 
    • このままだと担い手は大企業に限定される
    • 中小企業も「サプライチェーン全体の脱炭素化」に迫られる

(橘川氏の講演資料より)

一つ目に、省庁などの役所がつくる施策は、エネルギーを供給する側から発想されたものです。そのせいか、使う側=需要サイドからの省エネや「デマンドレスポンス」*のような考え方が十分に取り入れられていません。

二つ目は、電力と非電力と分けてしまっている点。たとえば、再エネを電気としても熱としても使う熱電併給など、他部門と連携して無駄なく活用する「セクターカップリング」*の観点が入っていません。

セクターカップリングは欧州で重視されており、デンマークの先進事例がヒントになります。同国ではすべてのバイオマス発電所で、電気が足りない時は電気をつくり、電気が余っている時は温水をつくるという運用を行っています。夏場に80℃の温水をつくって大きな断熱タンクに蓄えておき、冬の暖房需要が高まる時期に50℃にしてパイプラインで一般家庭へ供給しているのです。

デンマークのエーロエ島にある風力タービンの前に広がる牧草地。島に建設された6基の風力タービンは、島の年間電力消費量を上回る電力を供給している。(2015年5月)

デンマークでは、ソーラーは太陽光だけじゃなく太陽熱も吸収します。それから同国の発電量の大部分を占める風力は電気しかつくれませんが、日本のように出力制御して電力を捨てるようなことはしません。徹底的に発電して、余った電力で水を温めて熱として蓄える。電力を熱へと変換させるセクターカップリングをフル活用しているわけです。

日本には温水のパイプラインがないという点については、水道管に近い技術なので、2050年までなら供給パイプラインを敷設できる可能性が十分にあります。再エネを発電だけで使おうとするからコストが高くなるのであって、発電と熱供給の両方で再エネを使い切ることでコストが下がります。こうした視点が、いまの日本の方針には欠けているのです。

地域主導のボトムアップ型が脱炭素実現へのカギ

政府による施策の多くはイノベーションが必要で、お金をかけられる大企業と政府だけがカーボンニュートラルの主役のように映ります。しかし、実は地域や需要サイドからの打ち手も、デマンドレスポンスや「スマートコミュニティ」*などいろいろあります。地域や中小企業がもう一つの主体となるはずなのに、そこが見えてこないというのが三つめの落とし穴です。

現在、「ゼロカーボンシティ」*(2050年にCO₂排出実質ゼロ)を宣言する自治体は1,100以上にのぼり、日本のほぼすべての人口をカバーしています。ただ、具体的な方法はまだ模索している段階です。

地域社会が主体となる脱炭素施策には、熱電併給のほかに、地域に分散する創電・蓄電・節電をネットワークでつなぐ「VPP:仮想発電所」*というものもあります。これに挑戦しようとする時、最大の障壁となるのが、送電線の利用料金です。自宅の屋根の太陽光で余った電気を、すぐ隣の家に売ろうとするだけで、法外な託送料が上乗せされる仕組みになっているのです。まずこの規制を撤廃して、地域ごとにエネルギーを選択できるようにすることが肝心です。

いずれにしても、カーボンニュートラルは企業のイノベーションも重要ですが、地域のボトムアップ型の取り組みも大きく展開すべきなのです。

※本記事における橘川氏のエネルギー政策に関する見解は、グリーンピースの見解と必ずしも一致するものではありません。

◾️前編はこちら:【専門家解説】危機の時こそ構造改革を──ホルムズ海峡の緊迫から考える日本のエネルギー安全保障