「ロンドン条約」と「ロンドン議定書」と呼ばれる海への放射性廃棄物の投棄を禁止する国際的な枠組みがあることを知っていますか?10月に行われた会議で、グリーンピースは30年近く前のロシアによる核廃棄物の海洋投棄と、東電福島第一原発事故の放射能汚染水との類似性を指摘しました。30年前、ロシアの核廃棄物から海洋環境を守る役割を担っていた日本。自国の原発事故による放射能汚染水への対応に、世界が注目しています。

放射性廃棄物の海洋投棄を止める国際的な枠組み

1970年代から1990年代にかけて作られたロンドン条約*とロンドン議定書**は、世界の海に放射性廃棄物を投棄してきた政府や原子力産業に対して、市民が持続的な働きかけを行ってきたからこそ存在するものです。

1946年以降、英国、米国、フランス、ロシアなどの国々では、軍事的、商業的な核開発によって、さまざまな種類の核廃棄物が大量に発生していました

急速に増える廃棄物に直面した政府は、廃棄物の処理方法として、最もコストのかからない方法の1つを選択しました。

それは、固体や液体の廃棄物を、直接海に投棄することでした。

北大西洋で核廃棄物の海洋投棄を止めようと試みるグリーンピース(1983年8月)

当時、廃棄物は深海で見えなくなり、放射能は希釈されると考えられていました。ドイツや日本など、商業用の原子力発電を開発している他の国々も、核廃棄物の海洋投棄を支持していました。

幸いなことに、意図的に放射性廃棄物が海洋投棄されたのは、1993年10月にロシア海軍が、約900トンの液体と固体の放射性廃棄物を日本近海ウラジオストク沖の公海に投棄したのが最後となっています。

当時ロシア政府が海洋投棄を正当化した理由は、保管場所が不足し緊急性がある、放射性廃棄物は危険ではない、そして「国際的な規範」に従った投棄である、というものでした。

聞き覚えがありませんか?

東京電力福島第一原発

日本政府は2021年4月、東京電力福島第一原発からの放射能汚染水を意図的に放出する計画を進めることを発表しました

これは、1993年にロシアが投棄したような900トンの核廃棄物ではなく、120万トン以上の核廃棄物を海水と混合させ、海底パイプラインで太平洋に放出する計画です。

放出が完了するまでに30年かかると言われていますが、それ以上になるのは確実です。

日本政府は100万トン以上の放射能汚染水を「保管場所がない」として、太平洋に排出する計画を正当化し、その水は汚染水ではなく「処理水」であるとしています。

ロンドン条約およびロンドン議定書の主な目的は、人工的な放射能を含む汚染から海洋環境を保護することにあります。

しかし、日本政府は、東電福島第一原発の汚染水対策はこの国際協定の範囲外である、と主張しています。今年の10月26日に開催されたIMO会合では、日本政府は汚染水問題に関する議論を止めようとし、議論の場として国際原子力機関(IAEA)が適切であり、国連主催のロンドン条約/ロンドン議定書会議で、各国政府が問題を検討するのは適切ではないと主張しました。

しかし、パイプラインから放出される放射能は、船からの深海投棄よりも沿岸部の海洋環境に大きな脅威を与える可能性があるので、これは不合理な主張です。

ロシアの核廃棄物問題と日本の放射能汚染水問題の類似性

1993年10月18日、グリーンピースがロシア海軍が秘密裏に行っていた核廃棄物の海洋投棄の現場を撮影し、世界に明らかにしました。

核廃棄物の海洋投棄問題が世界的に注目を浴び、ロシア政府は10月22日、さらなる核廃棄計画を中止すると発表しました。日本政府はこのとき、ロシア極東地域に核廃棄物の保管・処理施設を増設することに財政的支援を決定しています。

グリーンピースは長年にわたり、ロシアの核廃棄物の海洋投棄と東電福島原発事故の汚染水の海洋放出のの類似性を指摘してきました。

IMO会合では、90年代のロシアの核廃棄物投棄には追加貯蔵や最善の処理技術の適用という代替案があったように、東電福島第一原発の汚染水でもその代替案を適用すべきだと訴えました

しかし、日本政府は、今回のIMO会合でこの選択肢を検討することを拒否し、米国、フランス、英国もこの立場を支持しました。一方で、韓国、チリ、中国、太平洋島嶼国のバヌアツとパラオの政府は、技術作業部会で放出に代わる方法を検討することに賛成しました。

この会議は総意に基づいて運営されているので、日本が反対したことで、代替案を評価するという合意は得られませんでした。

汚染水の海洋放出は世界の海を脅威にさらす

太平洋への放射能汚染水放出に反対する理由は、技術的にも、放射線に関する点からいっても、数多くあります。私たちはそれらを報告し、調査を続けています。

福島第一原発沖で海底の放射線調査を行うグリーンピースの放射線専門家(2016年3月)

汚染水の海洋放出は、海洋環境や私たちの暮らしに根本的な影響を与えます。今世紀、気候変動や生物多様性の危機など、世界の海は最も深刻な脅威にさらされています。そんな中、どの国の政府であれ、明確な代替案があるにもかかわらず、最もコストがかからない選択肢だからといって、意図的に太平洋を放射能で汚染するという決定は、誤っています

日本政府の計画には、多くの法的な問題があります。韓国、中国、北太平洋島嶼国など、影響を受ける沿岸国との協議を怠っているばかりか、環境影響評価を実施していません。

日本政府は、自国の水域からの汚染が公海や他国の水域を汚染しないようにする義務を負っています。また、太平洋に投棄する代わりに、継続的な貯蔵や、放射性トリチウム除去などの方法を取らないのは、なぜかと疑問視されています。 

東電福島第一原発事故による放射能汚染水の海洋放出に反対する韓国のグリーンピース(2020年7月)

早ければ2023年に開始予定の海洋放出を、止める時間はまだあります。ロンドン条約/ロンドン議定書会議に参加するいくつかの国は、グリーンピースとともに、今後も東電福島第一原発の汚染水問題について日本政府に質問し、異議を唱え続けるはずです。

岸田政権は、30年前にロシアのエリツィン政権が経験したように、放射性廃棄物を海に投棄する計画が実行可能であるとは限らないことを、近く知ることになるでしょう。

プレスリリース:IAEAが情報提供へ 国際会議での汚染水処理の議論は続く ー 日本政府は懸念の声に真摯に向き合え

ショーン・バーニー
グリーンピース・東アジア シニア核問題スペシャリスト:1990年にグリーンピースの核問題担当となる。東アジア地域の核政策、とくに核燃料サイクル問題や原子力発電所の安全性問題について詳しい。25年以上、日本の核政策をめぐるキャンペーンに関わってきた。1990年代から2000年代初頭にかけ、日本の原発における使用済み核燃料再処理やプルトニウムMOX燃料利用をとめるキャンペーンを展開。2000年8月から2001年3月まで東京電力福島原発MOX燃料装荷差し止め裁判に関わった。2011年以降、東京電力福島原発の放射線調査や、欧州の老朽化原発、日本の再稼働の問題にも取組む。

*「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(通称:ロンドン条約)

**「1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の1996年の議定書」(通称:ロンドン議定書)